赤と黒の殲滅戦
第43話 朱に染まる豪邸
真夜中の森を、一頭の狼が駆け抜ける。
動物たちは突如訪れたつむじ風に驚き、またすぐ眠りについた。
だが、もしこれを目撃した人間がいたなら、さぞかし驚いたことだろう。
そのスピードは、実在の動物ではありえない。天狗や化け猫といった妖怪の類か、はたまた宇宙人の乗ったUFOか。
月明かりが照らしだした狼の正体は、もちろん睡蓮寺夏折だ。
奥義『燕舞』と『疾風狼』の重ねがけで移動速度を最大限に強化したその姿は、まさに野生の狼だった。
(間に合ってくれよっ!)
山花村までは、忍法を駆使すれば三十分ほどで到着する。
だが、ヨシノブから教わった作戦の開始時刻は深夜十二時。
あと二十分しかなかった。
そして朱組が総攻撃を開始すれば、任務完了まで五分とかからないだろう。
「バカ親父、いったい何考えてやがるんだ!」
たしかに以前からハルトは水無川邸を監視し、カヲルにも近づくなと警告を発していた。
(けど、まさか朱組を召集するなんて)
睡蓮寺の最強チームである朱組は、同時に最終兵器でもある。
その召集は年に一度あるかないかで、しかもテロ組織や武装勢力のアジト殲滅といった大規模作戦に限られていた。
いくら豪邸とはいえ、個人宅の襲撃に朱組を投入するなんて絶対におかしい。
しかも、なぜサクラの家なのか?
カヲルの胸に不安がよぎった。
(まさか、オレとトウコの子作りのためにサクラちゃんを亡き者にしようなんてアホなことを考えてるんじゃないだろうな)
『カヲルとトウコの間に生まれた子供は、陽気と陰気を操るスーパーくのいちになる』
まったくもって馬鹿げた話だが、ハルトはどうやら本気で信じ込んでいるらしい。
そうでなければわざわざロシアまで渡ったり、ほぼ同じ時期に二人の女性を孕ませるような無茶苦茶はしないだろう。
その彼なら、大願成就のために、邪魔な少女一人を手にかけようとしても不思議じゃない。
(もしホントにそうなら、あのロリGGI、ただじゃ済まさないからな!)
さらに陽気を燃やして速度を速めた。
もちろんカヲルだって睡蓮寺の仕事は理解している。任務であればたとえ知人でも殺さなければならない。それがくのいちの掟だ。
ただ同時に、睡蓮寺は非道な殺人集団ではなかった。
各国政府の依頼を受けて暗殺活動を行うが、その対象は犯罪者や軍関係者に限られている。
罪無き民間人をターゲットにすることはない。
金さえもらえば誰でも殺すというわけではないのだ。
当然、民間人のサクラに手を掛けるなど許されるはずがなかった。
走りながら、月に祈った。
「サクラちゃん、なんとか無事でいてくれ!」
* * *
しかし、そんな祈りもむなしく、たどりついた水無川邸はすでに紅蓮の炎に包まれていた。
白亜の建物のあちこちから大蛇の舌のような火炎がチラチラと噴き出し、夜空を真っ赤に染めている。
「……遅かったか」
ギュッと唇を噛みしめて、ふと気がついた。
敵拠点を襲撃するのに、朱組は基本的に火遁の術を使わない。
ターゲット以外に被害が出やすいのと、火薬や銃火器を使う技はくのいちでなくても扱えるため低く見られる傾向にあるからだ。
なのに何故、屋敷が燃えているのか?
(新たに朱組を率いるトウコの方針か? それとも何かアクシデントがあったか?)
いやな予感が頭を過ぎった。
すると突然、屋敷の中から爆弾の破裂音が響いた。
(あの音は!?)
忍法「火炎牡丹」。一種の手榴弾だ。
(ってことは、まだ襲撃は終っていないのか?)
カヲルは、割れた窓から屋敷の中に侵入した。
(!?)
そこで発見したのは、倒れているくのいちの姿だった。
その顔には見覚えがある。朱組でも古参のくのいちだ。すでにピークは過ぎているが、手裏剣の腕は健在で『十文字のキミエ』と恐れられた人物だった。
「おい、キミエさん、しっかりしろ」
身体を起こすと、十文字のキミエはふっと表情を緩めた。
「カヲル姫様……よかった、援軍が来たのですね」
「どうした? 何があったんだ?」
「油断しました、まさかあのような敵が……トウコ様がお一人で地下に……助太刀を、お急ぎください」
そこまで言うと、彼女は意識を失った。
脈を診たところ、幸い命に別状は無いようだ。
どうやらトウコ率いる朱組たちは水無川の屋敷を襲撃したものの、予想外の反撃を受けて苦戦しているらしい。
(……じゃあ、まだサクラちゃんはまだ無事ってことか)
カヲルはホッと胸を撫で下ろした。
それにしても手練揃いの朱組が手こずるなんて、どうやら水無川邸はただのお金持ちの豪邸ではないようだ。
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