第38話 試練おまけ、ご先祖様とキス!

《ブブー、40点、追試も不合格ぅ!》


 暗闇の中にロカの声が響いた。


《まぁ、さっきよりはずいぶんマシだったけどね》

「どんな採点基準なんだよ!? さっぱりわかんないぞ!」


 カヲルは抗議するが、過去の達人(ロカ)はそれには答えなかった。


《追試も不合格なんて、困った子だなぁ。覚えてるかい? 失敗したら相応の代価をいただくって話だったよね》

「……ああ、そうだったな。代償は足一本ってか」


 グッと唇を噛み締める。すると、ロカが言った。


《しょうがない。本来ならもう落第決定だけど、甘々なボクは、特別に追々試験をしてあげちゃいます》

「そりゃどうも、でもぜんぜん合格する気がしないんだが」


 正直な感想だった。これまでの二つの試練で何が悪かったのか、さっぱり見当もつかないのだ。

 しかしロカの声は能天気なほどに明るかった。


《ダイジョブダイジョブ、追々試はとぉっても簡単だよ》


 次の瞬間、カヲルの身体は三度暗闇の底に落ちていった。


 気がつくと、目の前にロカがいた。

 温泉に入ったときと同じ、一糸纏わぬ全裸姿だ。

 ショートカットの髪は色が抜けて赤く、幼い顔つきはとても男には見えない。

 顔や手足はこんがり小麦色なのに、普段くのいち装束に覆われている部分はパンダのようにくっきり焼け残っていた。その真っ白い胸はもちろんまっ平らで、下に目をやると引き締まった白い尻が蝶を誘う花のように左右にフリフリと動いてる。


「服くらい着ろよ!」


 男同士だってのに、ロカの裸体はなぜか恥ずかしくて正視できない。


「フフフ、まったくキミは照れ屋さんだなぁ」


 気がつくと、いつのまにかロカはくのいち装束をまとっていた。

 なるほど、ここも現実の空間ではなく彼の作り出した幻覚の中なんだろう。


(でも、なんかコイツ……)


 古の首領の幻影は、くのいち装束姿になっても妙に色っぽい。結局服を着たロカともまともに目を合わせることができなかった。


「追々試験の内容を発表するよ。ドゥルルル、ジャジャーン、ボクにキスしたら合格です!」

「はぁ? それは、おまえを捕まえてキスしろってことなのか?」

「ううん、ボクはここでじっとしてるよ」


 そう言うと、ロカは唇を突き出して目を閉じた。


「キスって、オレたち男同士じゃないか」

「あれぇ? さっきキミの記憶を覗かせてもらったけど、サクラちゃんって子には『女の子同士でキスするのは当たり前』とか言ってなかったっけ? じゃあ、男の子同士でキスするのも当たり前だよねぇ」

「当たり前じゃねぇよ!」


 カヲルの抗議を無視して、ロカは目を閉じたまま顔を寄せてくる。


「それとも、ボクとキスなんて気持ち悪くてできない? ボク、魅力ないかな?」


 顔だけ見ていれば、ロカはその辺の女の子となんら変わりない。

 変わりないどころか、かなり可愛い部類に入るだろう。

 小さい顔に、長いまつげとツンと上を向いた鼻が乗っかっている。唇と頬は真っ赤で、緊張のせいかプルプル震えていた。

 ぶっちゃけ、めっちゃ好みのタイプだ。


「いや、そんなことはない。……魅力的だと思うぞ」


 正直に答えた。


「嬉しい!」


 ロカは感激したようにカヲルにしがみつく。そのままキスをせがむように顔を近づけてきた。


(この試練に失敗したら足一本捕られるんだモンな。それを考えたらキスくらいたいしたことない。それにこんなに可愛い子なんだったら、むしろ役得だろ)


 腹をくくって、華奢な肩に手を置いた。


(ええと、どうするんだ? 目は閉じるのか? なんたって初めてのキスだからな)


 ふと、思い出した。

 そういえば、この間も同じようなシチュエーションがあったっけ。サクラにキスをしようとして、ミモリとナモリに邪魔されたんだった。そして約束をした。

 ――続きは、原宿に行ってからね。


(そうだ。オレは原宿でサクラちゃんとキスするんだ)


 カヲルは、ロカの肩をつかんで引き離した。


「ごめん、やっぱ無理だ。試練は不合格でいいや」


 ロカは不満そうに唇を尖らせる。


「どうして? ボクが男だから?」

「いや、そうじゃない。おまえは男かもしれないけど、ずっぽりオレのタイプだし、メチャクチャ可愛いと思うし」

「じゃあなんで? ボクがキミの祖先で幽霊みたいなものだから?」

「それも関係ないよ。てゆうか、それはもうすっかり忘れてた」

「じゃあ、どうして?」


 執拗になぜと迫るロカ。するとカヲルは照れたように頭を掻いた。


「いや、オレさ、ファーストキスは原宿でサクラちゃんとするって決めてるんだ。それに、サクラちゃんああ見えて結構嫉妬深くてさ。オレが他の誰かとキスしたって知ったら、きっとメチャクチャ怒って口きいてくれなくなると思うんだよね」

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