第37話 試練その弐、ビッチでエッチな張り込み部屋

「もう兄上様ったら。トウコと兄上様はターゲットの暗殺のためにこの部屋で張り込みをしているんじゃないですか。今日でもう五日目ですよ」

(なるほど、今度の試練はそういう設定か)


 カヲルはほっと一息ついた。


(よし、今度はいけるぞ。暗殺任務なら慣れたもんだし、なんたってサクラちゃん相手じゃなきゃ心に余裕ができるもんな)


 すると突然、トウコは着ていた鎖帷子を脱ぎ始める。

 白い肌と簡素な綿の下着が露わになった。


「お、おい、いきなり何してんだ?」

「何してるって。休憩ですから仮眠をとるんですよ。鎖帷子こんなもの着てたらゆっくり眠れないじゃないですか」

「だからって、おまえ」


 トウコはまだカヲルの腹の上に馬乗りになったままだ。

 眼前に現れた煽情的な光景に、カヲルは思わず顔を背ける。そんな兄の様子を楽しむかのように、トウコは悪戯っぽい微笑みを浮かべた。


「あ、ひょっとしてテレてるんですか? いいじゃないですか、兄妹なんだし」

「兄妹って言ったって」

「兄上様、なんか可愛い。そうですね。ターゲットは当分帰ってこなさそうだし、ちょっとイイコトしちゃいます?」


 そう言いながら、カヲルに覆いかぶさる。

 サクラと違ってスリムな身体つきだけど、その胸にはたしかに女の子らしいふくらみがあった。


「イイコト? あ、あー、おまえのことだからどうせトランプとか、ゲームとかだろ」

「何言ってるんですか? イイコトといえば、ペットボトルのキャップを集めたり、被災地に折り鶴を送ったりすることでしょう」

「ちょおま、それホントにイイコトか微妙だから!」


 ツッコミを入れようとすると、トウコはさらに密着してきた。


「フフフ、冗談です。イイコトというのは、もちろん子作りですよ」

「子作り!?」

「あれから、勉強してミモリさんとナモリさんに本当のことを教えてもらったんです。きっと、兄上様をものすごく満足させてあげられますよ」

「ものすごく満足!? い、いや、オレのためにそこまでしてもらわなくても……」

「別に兄上様のためだけじゃないです。だって、もう何日もこの狭い部屋に缶詰でしょう。トウコもかなり溜まっちゃってるんですよね」

「た、溜まってる?」

「ビッチでエッチな妹はお嫌いですか?」

「いや、ビッチもエッチも別に嫌いじゃないけど……」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。


(落ち着け、落ち着けよ、オレ。これは試練なんだ。オレはくのいちとしてふさわしい行動をとらなきゃならない。でも、くのいちにふさわしいってどういうことなんだ?)


 そんなカヲルの心を読んだかのように、トウコが耳元でささやく。


「ストレスを発散してイザという時に備えるのも、くのいちの務めですよ」

「マジかっ!?」

「マジです。くのいちに大切なのは臨機応変。兄上は硬すぎます。まあ、ビッチでエッチな妹としては兄上様の硬いのは大歓迎ですけど」


 さっきから彼女の頬は上気して真っ赤だ。

 ふと目を落とすと、白い胸元に玉のような汗が浮かんでいて、かすかに甘い匂いがした。


(これが、ビッチでエッチな妹の破壊力なのか!?)


 そういえば、さっきの試練ではサクラちゃんの誘いを断って失格だったっけ。

 ってことはこの場合、ストレス発散にトウコと子作りするのが正解!?


「いやいやいやいや、それはないないないない」


 カヲルは思いっきり首を振った。

 いくら試練だからって、血の繋がった妹トウコとそんなことをするなんてありえない。


「どうしてイヤなんです。兄上様はトウコのこと嫌いですか」

「嫌いなわけないだろ」

「じゃあ、なぜです」


 潤んだ蒼い瞳がまっすぐにカヲルを見つめてきた。


「何でって、それはそのぉ」


 思わず目をそらす。


「だって、トウコは妹だろ。そんな、兄妹でなんておかしいよ」

「兄上様のいくじなしっ!」


 罵倒の声とともにトウコの裏拳がカヲルの右頬にクリーンヒットした。


「うぎゅっ!」


 岩をも砕く一撃に目の前が真っ暗になる。


(なんで怒るんだよ! オレ当たり前のことしか言ってねぇし!)


 勢いあまってカヲルの身体はベッドから転げ落ちた――しかし、たった数十センチの落差のはずが、いつまでも着地しない。

 

《ブブー、40点、追試も不合格ぅ!》

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