第36話 めくるめく、くのいちの試練

「この制服を着るのも今日が最後なんだよね。この教室にくるのも今日が最後。だから、お願い。カヲルちゃんの秘密を教えて。そして最後に、この制服をこの教室でカヲルちゃんに脱がせて欲しいな」

「ま、マジですか!?」


 サクラは瞳を潤ませながらコックリうなずく。


(待て待て、落ち着けオレ。そんな都合のいい話があるもんか。これは幻覚。くのいちの奥義を手に入れるための試練なんだ)

「いや、でもそれは……」

「わたし本気だよ」


 そう言うと今度は後ろ向きになり、そのまま前の机に腕をついて四つんばいのポーズを取った。

 短い制服のスカートがチラチラと揺れ、そこから真っ白い太腿が伸びている。

 形のいいお尻が見えそうで見えないギリギリのラインだった。


「カヲルちゃん、おっぱいも好きだけどお尻も好きだよね。掃除の時とか、わたしのお尻をガン見してたの知ってるよ。ねぇ、秘密を教えてくれたら、スカート、めくってもいいよ」

「いいの!?」


(このベールをめくれば、夢にまで見た秘密の花園が!)


 思わず手が伸びそうになった。


(待て待て待て待て! 夢にまで見たって、これも夢だから。試練だから。騙されてるだけだから。きっとめくっても何もないから!) 


 カヲルは懐にあった手裏剣を取り出して自分の太腿に押し付けた。鈍い痛みで、冷静さが戻ってくる。

 いつものように、さりげない笑顔を作った。


「――何言ってるの。あたしがサクラちゃんに隠し事なんかするわけないでしょ」

「嘘つきっ!」


 パシンという乾いた音とともに左頬にヒリッとした痛みが走る。

 サクラはカヲルに平手打ちを食らわせると、背を向けて走り去ってしまった。


「ま、待ってくれ!」


 あわてて後を追いかけようとしたが、手裏剣の傷の痛みで足がもつれて転倒する。

 ほぼ同時に、ロカの声が響いた。


《ブブー、0点。不合格!》


「なんでだよ。くのいちとしてふさわしい行動をしただろ」

《何言ってるんだい。キミはくのいちってのがどんなものか全然わかってないなぁ》

「いまののどこが悪かったんだ」

《それは自分で考えなよ。とにかく、キミは不合格》

「不合格って、もうおしまいなのか!」


 冷や汗が吹き出した。

 そういえば、不合格なら代償を取られるって話だったっけ。しかも足一本とか。


《うーん、二十年も待ったのに、もうおしまいじゃつまんないなぁ》

「そうだろ。そうだよな。それに普通、試験には追試ってのがあるもんだよな!」


 こんなに簡単に足を取られちゃかなわない。

 カヲルは必死で食い下がった。


《ま、いっか。ボクは心優しいからね、出来の悪い子孫のために追試をしてあげる。その代わり、今度こそくのいちとしてふさわしい言動を頼んだよ》


 その言葉と同時に、カヲルの身体は再び深い闇の中に落ちていった。


 *          *          *


 次の瞬間、カヲルはまた違う場所にいた。見たこともない部屋の中だ。

 白い天井に、白い漆喰の壁。

 窓から差し込む太陽の光が眩しくて、思わず目を閉じる。


「兄上様、起きて、起きてください!」


 身体の上に、何か重いモノがのしかかってきた。

 驚いて目を開けると、鎖帷子に鉢金という重装備に身を包んだトウコがカヲルの上に馬乗りになっていた。


「あ、トウコ?」

「寝ぼけないでください。交代の時間です。ターゲットはまだ現れてません。三時間で交代しますから、よろしくお願いします」

「よ、よろしく?」


 状況が飲み込めないカヲルに、トウコは首をすくめてみせる。


「ホントに大丈夫ですか?」

「いやぁ、なんかちょっと記憶が混乱しててさ」

「もう兄上様ったら。トウコと兄上様はターゲットの暗殺のためにこの部屋で張り込みをしているんじゃないですか。今日でもう五日目ですよ」

(なるほど、今度の試練はそういう設定か)

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