第35話 試練その一 卒業式の後の教室で

「じゃあ、今からキミに試練を与えるよ。男がくのいちとなるにはどうすればいいか。よく考えて、感じて、キミの全身全霊をかけて答えを出すんだ」

「おう」

「この試練に不合格なら相応の代価をいただくことになるからね」


 そう言うと、ロカはニヤリと目を細めた。


「代価?」

「足の一本も覚悟して。言ったよね、ここは地獄の修行場だって。その覚悟はあるかい?」


 足一本、という穏やかじゃない言葉にカヲルは思わず息を飲んだ。

 けれど、男だとバレずに水泳大会を乗り切り、サクラを原宿に連れて行くには、なんとしても『紅白梅』の奥義を手に入れなければならない。

 カヲルは、家庭科室でバナナを胸に挟んだサクラの姿を思い出した。


(恥ずかしがり屋のサクラちゃんがあそこまでしてくれたんだ。今度はオレの番だ)


「OK、オレもくのいちだ。そのくらいの覚悟ならいつでもできているさ」

「よしわかった。じゃあ、はじめるよ」


 ロカの合図とともに、カヲルの身体はさらに水中に引き込まれる。そしてその意識はさらに深い水底へと落ちていった。


 *           *          *


 気がつくと、カヲルは中学の教室にいた。

 辺りを見回したが、人っ子一人いない。

 窓から夕焼けが見えた。

 いや、おかしい。山花中学の教室は山の陰になって西日は入らないはずだ。


「ってことはつまり、これはロカが見せている幻覚か?」

《ピンポーン、その通り!》


 頭の中に、妙にのんきな三代目首領睡蓮寺露火の声が響いた。


《今から奥義「紅白梅」を会得するための試練開始だよ。試練の間、くのいちとしてふさわしい行動をとってね》

「なんか、おまえ楽しんでないか?」

《フフフ、だってここに人が来たのって二十年ぶりくらいなんだもん。ずっと退屈してたんだから、楽しませて欲しいなぁ》

「……他人事だと思いやがって、とっととはじめてくれ!」


 すると突然、教室のドアが開いた。


「あ、カヲルちゃん、やっぱりいたんだ」


 現れたのはセーラー服姿の美少女、水無川サクラだ。

 だがもちろん、本物であるはずがない。


(そうきたか。でもいくら相手がサクラちゃんでも、試練だとわかってるんだからどうにでも対処できるぞ)


 幻覚の中のサクラは言った。


「みんなもう下に集まってるよ。謝恩会の会場に行くって」

「謝恩会?」


 ふと教室の黒板を見るとそこには色とりどりのチョークで「卒業おめでとう」の文字が書かれていた。

 いつの間にか、カヲルの手には卒業証書の入った筒が握られている。


(あーなるほど、中学の卒業式って設定か……)


 サクラは目の前の椅子にチョコンと座った。


「どうしたの? カヲルちゃん、やっぱり寂しいんでしょ」


 そう言うサクラの方がよっぽど寂しそうだ。


「あっという間の二年だったね……でも、楽しかった。カヲルちゃんのおかげだよ。ミモリちゃんやナモリちゃん、シノブちゃんにトウコちゃんともお友達になれたし。ホントにありがとう」

「どういたしまして」

「これで一緒に原宿に行ければ文句なかったのになぁ……それにしても、四月からカヲルちゃんのいない高校に行くなんて信じられない。心配だよ」


 どうやら原宿には行けなかった設定らしい。


(それに、一緒に高校にも行かないのか……)


 まあ、ありえない話じゃなかった。

 中学を卒業したら、おそらくカヲルは高校に進学せず睡蓮寺の仕事に専念することになるだろう。


「大丈夫。今のサクラちゃんなら、ちゃんとやっていけるよ」


 カヲルはそっとサクラの頭をなでる。

 するとサクラは口を尖らせた。


「違うってば、わたしが心配なのはカヲルちゃんのこと。お仕事で世界を飛び回るんでしょ。一杯いろんな人と会うんだろうな。綺麗な女の人とか」

「……サクラちゃん」

「今まではさ。何があっても月曜日になれば、この教室でカヲルちゃんに会えたでしょ。でも、明日からは違うんだよね。約束がなければ会えないし、電話しなきゃ声も聞けない」

「そんなことないって。約束なんかなくっても毎日会いに行っちゃうよ」


 元気付けようとおどけるカヲル。しかし、サクラは真剣な顔で言った。


「でも心配だよ。カヲルちゃん、わたしに隠してることあるよね」


 上目遣いにジッとみつめてくる。

 心臓が跳ね上がった。


「隠してること?」


 おそらく、カヲルが男だという話だろう。


「わたしだってバカじゃないから、うすうす勘付いてはいるんだよ。けど、でもやっぱりカヲルちゃんの口から直接言ってほしい」

「実は――」


 オレは男なんだ、そう言おうとしてはたと思いとどまった。


(待て、今は試練の真っ最中だぞ。くのいちとしてふさわしい行動をとれって言われたろ。ってことはつまり、私情に負けて男だとカミングアウトするなんてもってのほかだ)


 カヲルが言葉を飲み込むと、サクラはセーラー服をスカーフを解きはじめた。


「この制服を着るのも今日が最後なんだよね。この教室にくるのも今日が最後。だから、お願い。カヲルちゃんの秘密を教えて。そして最後に、この制服をこの教室でカヲルちゃんに脱がせて欲しいな」

「ま、マジですか!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る