第34話 三代目からの試練

「ロ、ロカ、きみは何やってるんだ!?」

「なにって、地獄の修行場だって言ったよね。温泉なんだから服着てちゃ入れないだろ」

「えっ、地獄ってソッチ? 山奥にある秘湯系?」


 戸惑うカヲルをよそに、ロカは迷彩柄の上着を放り投げるとショートパンツに手をかけた。カヲルはあわてて目をそらす。


「ちょ、ちょっと待て、こんなトコで脱ぐな!」

「どうして? 男同士なんだから別にいいだろ」


 ドボンという水音が響く。どうやら、ロカがお湯に入ったらしい。


「キミもおいでよ」

「えっ、オレも?」

「ここの温泉にはね、五行山から流れる地脈のエネルギーと歴代のくのいちたちが遺した陽気が溶けこんでいるんだ。だから、この温泉に浸かることも大事な修行のうちなんだよ」

「そ、そうか」


 修行のうちと言われては断れない。

 カヲルは洞窟へと足を踏み入れた。足元に温かいお湯の感触が伝わってくる。たしかに温泉が湧いているようだ。


「ここに入ればいいのか? ええと、服は脱いだほうがいいのかな?」


 洞窟の奥に声を掛ける。すぐさま返事が返ってきた。


「全部脱ぐに決まってるだろ」


 ゴクリと唾を飲み込む。


『わたし以外の女の子と仲良くしちゃヤダ』


 サクラの顔が頭に浮かんで、ブルブルと首を振った。


(違うぞ、これは浮気とかじゃない。風呂に入るのに脱ぐのは当たり前だし、そもそもロカは男だし。男同士で風呂に入るだけだし。うん、ぜんぜんやましくない)


 カヲルはくのいち装束を脱いで全裸になると、温泉の中に歩を進めた。

 熱い。熱いお湯がつま先に絡みつく。

 これはお湯というより、粘り気のある何かだ。


「お、おい、これただの温泉じゃないだろ。なんなんだ」

「だから言ったじゃないか。中に地脈エネルギーとくのいちの陽気が溜まってるって」


 なるほど、たしかにお湯に触れたところから陽気が染み込んでいく気がする。


(でも、これのどこが試練なんだ?)


 首をかしげたそのときだった。

 突然、水が意志を持つかのようにカヲルの身体を水中に引きずりこんだ。ずいぶんと深さがあるらしく、まったく足が底につかない。

 一瞬驚いたが、すぐ冷静になった。

 もちろんカヲルは水中でも自由自在に泳げるし、二十分程度なら息を止めていられる。こういうときは、水の流れに逆らわずに身を任せるのが一番だ。


(コレが試練か? 他愛も無い)


 そんなことを思っていると、目の前にロカが現れた。

 一糸纏わぬ全裸姿だ。

 もちろん男だから胸はないし、ふだん鏡で見ている自分自身の裸とたいして違いはない。

 なのにどういうわけか、ロカの裸体を見ているとドキドキしてきた。


(ち、ちがうぞ、オレは変態じゃないからな)


 思わず目を背ける。

 するとロカはカオルの脳に直接語りかけてきた。


「許されざる睡蓮の彼方を目指すキミに道を示してあげるよ」


 脳に直接語りかけるなんて忍法は聞いたことが無い。


(いったい、コイツは何者なんだ? そういや、奥義を求めるものに試練を与えるのが仕事とか言ってたけど、そんな部署があるって話は聞いたことがないぞ)


 そんなカヲルの心を読んだかのようにロカが答える。


「ボクの名前はロカだってば。睡蓮寺露火」

「睡蓮寺露火って、まさか……あの?」


 三代目睡蓮寺流くのいち忍法首領、睡蓮寺露火ロカ

 睡蓮寺の長い歴史で初めて男の身でくのいちとなり、首領にまで上り詰めた人物だ。


「なんだって、大昔のくのいちがこんなところに?」

「今から700年前、ボクは陽気とともに自らの意識をこの温泉に溶かしたんだ。修行のために五行山を訪れる子孫の道しるべとなるために。つまり今のボクは、睡蓮寺露火の幻影ってところかな」


 にわかには信じられない半面、納得するところもあった。

 ここへ来るまでのロカのスピードだ。

 天地を最大限に鍛えたカヲルが「疾風狼」でやっと追いつけるというのは、生身の人間のレベルではない。


「じゃあ教えてくれ。くのいちの奥義ってやつを」


 ロカはうなずいた。


「じゃあ、今からキミに試練を与えるよ。男がくのいちとなるにはどうすればいいか。よく考えて、感じて、キミの全身全霊をかけて答えを出すんだ」


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