五行山の水中戦

第30話 レッツゴー、温泉修行!

 次の週末。

 カヲルたちは、山花村からさらに山奥へ向かうバスの中にいた。

 カヲルたちというのは、カヲルとヨシノブ、そしてミモリナモリの四人のことだ。

 事の起こりは昨日だ。ヨシノブが突然にこんなことを言い出した。


「水泳大会を乗り切るには女体化奥義『紅白梅』が必要だろ。ウチの資料を調べたら、五行山の奥に奥義習得のための修行場があるらしいんだ」


 五行山というのは黄長瀬連山の俗称で、古来より睡蓮寺のくのいちが修行場としていた霊山だ。ヨシノブの家、渕上家は代々睡蓮寺家の家令を務めているから、そういう情報が伝わっていても不思議じゃない。

 早朝勉強会のおかげで定期テストの方はなんとかなりそうだし、今のうちに『紅白梅』を手に入れておいたほうがいいだろう。

 そこでカヲルはヨシノブたちを引き連れて、五行山に向かうことにしたのだった。


「五行山のふもとには温泉宿があるんだって」


 すっかり旅行気分のヨシノブ、ミモリ、ナモリはバスの中ではしゃいでいる。


「じゃあ修行の前に一風呂あびるミモリ」

「やったぁ、温泉大好きナモリ」


 そんな中、カヲル一人がブルーだった。


(ホントは、サクラちゃんと来たかったんだけどなぁ)


 心の中でつぶやく。

 サクラは、トウコとの料理対決以来もう四日も学校を欠席していた。

 カヲルの嫁の座を射止めるため捨て身で頑張ったものの、いざ我に返ったら恥ずかしさのあまり学校に来れなくなったんだそうだ。

 

「まあ、週明けには落ち着くでしょう」


 という兄ナオトの判断でそっとしておいてある。

 でもそうでなくても、今のカヲルがサクラと一緒に温泉になんていけるわけがなかった。サクラはカヲルのことを女だと信じきっているのだ。


(しっかりしろ。『紅白梅』を会得さえすれば、性転換手術しなくても忍法で女体化して、サクラちゃんと一緒にお風呂に入れるようになるんだからな)


  *          *          *        


 湯気の中に浮かぶサクラの裸体。

 白い肌に細い手足と、お湯に浮ぶ大きな二つの膨らみ。


「カヲルちゃん、あんまりジロジロ見ちゃヤダ」

「えっ、そんなに見てた?」

「うん、超ガン見してた」

「だって、サクラちゃん綺麗なんだもん」

「そんなことないよ。カヲルちゃんの方がきれいだよ。ってゆうかスリムだし、余分な肉が全然ついてないし」

「はいはい、どうせあたしは貧乳ですよ。でもサクラって、前に自分でも言ってたけど隠れ巨乳だね」

「やだ、巨乳とかって……なんかいやらしい」


 熱いお湯のせいか、羞恥のせいか、頬を染めるサクラに思い切って聞いてみた。


「いやらしくないって。全然いやらしくない。いやらしくないから、ちょっとだけ触ってみてもいい?」

「えっ?」

「だって、サクラちゃんはあたしのお嫁さんなんだよね」

「それはそうだけど……」


 サクラは困ったように唇を尖らせ、やがて観念したように胸を突き出した。


「……優しく、してね」


  *           *          *


 想像しただけで鼻血が出てきそうだ。

 妄想の世界に浸っていると、隣の席のヨシノブに耳を引っ張られた。


「おい、カヲル姫! 人の話はちゃんと聞けよ!」

「痛い痛い! 耳引っ張んなって! 話ってなんなんだ?」

「ホントに何も聞いてなかったんだな。この間のスカイツリー事件の話さ。犯人グループのボスってのが、怪しくてな」

「ボス? トウコに蹴り落とされたヤツか。あー、怪しい怪しい。どう見ても日本人なのにジョージ・スチュアートとかって名乗りやがってさ」

「そうじゃなくて、スカイツリーから落ちたはずなのに、死体が見つかってないんだと」

「ふうん、まあ、バラバラになっちまっただけじゃね?」


 素っ気ないカヲルの返事に、ヨシノブは呆れたように肩をすくめた。


「おいおい、自分が関わった事件のことだろ! 不思議だと思わないのかよ! あ、どうせ、ミモリちゃんやナモリちゃんと混浴とかエロいこと考えてたんだろ!」

「おまえこそ何言ってんだ! 知ってるだろ! こいつら元は男だぞ!」

「そりゃ元はそうだったけど、今は完全な女の子じゃん!」


 それを聞いたミモリとナモリは黄色い歓声をあげた。


「キャー! ヨシノブくん、嬉しいミモリ!」

「ホント、ヨシノブ兄はわかってるナモリ!」


 篠栗姉妹に抱きつかれて、ヨシノブの鼻の下はこれでもかというくらいに伸び切っている。


「俺が女の子に求めるのは外見だからな。見た目が可愛い女の子なら、中身が男だろうが化け物だろうが、全然気にせんよ」


 ちょっと聞くとカッコいいけど、よく考えるとメチャクチャ最低なセリフだった。

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