第29話 雄山も思わずニッコリの朝食とは?

《う・ら・ぎ・り・も・の》


 念唇法でもないのにビンビンと意味が伝わってくる。

 カヲルの額から冷汗が流れ落ちた。

 みると、サクラはまだ料理に取り掛かってすらいない。

 おそらく彼女は料理なんてしたことないのだろう。そもそも、原宿行きさえ許さない兄のナオトがサクラに包丁を持たせるとは思えなかった。


(……ヤバいな)


 カヲルは唇を噛んだ。

 さっきまでどんな料理が出てきてもサクラの勝ちにすればいいと思っていたけど、クラスメイト全員を前にしてあんまり露骨なひいきをするわけにはいかない。


(味はともかく、見た目だけでもそれなりのものを作ってくれれば……)


「トウコさんが和食だから、わたしは洋食をつくるね。朝ごはんだから、トーストにベーコンエッグにサラダかな。ええと、まずは卵を……」


 サクラは卵を割ろうと恐る恐るボールに打ち付けて……割れない。

 もう一度トライして、割れない。

 三度目、思いっきり打ち付けて……


「ああっ」


 卵の殻が粉々に砕け、サクラは黄身と白身を手の中で握りつぶしてしまった。


「サクラちゃん、ドンマイ!」

「う、うん」


 気を取り直して再チャレンジするけれど、卵はなかなか思うように割れてくれなかった。


「なんで、こんなに難しいの?」


 格闘すること10分。

 最後の卵が、サクラの指を滑って床の上でグチャっと潰れた。


「……どうして?」


 サクラは力なく床にしゃがみこむ。

 その頬は白身と涙でグチョグチョ。うつろな瞳は力なく、卵の飛び散った床を眺めていた。


(なんかエロい……いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないぞ!)


 カヲルはあわててヨシノブに詰め寄った。


「ヨシノブ、もういいだろ。終了だ。そもそもこの勝負は不公平だよ。サクラちゃんは料理初心者なんだからさ」


 これにはさすがにヨシノブも同意するしかなかった。


「うーん、俺も水無川さんがここまでとは思わなかったからなぁ」


 すると、うつむいたままサクラが叫んだ。


「ちょっと待って! わたしまだ負けてないよ!」


「でも、サクラちゃん!」

「だって、料理は愛情なんだよね。ここで負けたら愛情で負けたことになるじゃない。それだけは絶対に嫌!」


 そう言いながらフラフラと立ち上がると、調理台の上にあったある食材を手に取った。


「わたし知ってるもん、カヲルちゃんの大好物」


 サクラが手にしたのは一本のバナナだ。


(べつにオレ、バナナなんか好きじゃないけど?)


 いぶかしがるカヲルをよそに、サクラはすばやくバナナの皮を剥き取る。

 それからセーラー服の胸元を思いっきり引き下げて、反り返った白い果実を胸の谷間に挟み込んだ。


「カヲルちゃん見て、そして食べて! これがわたしの愛情料理、理想の朝ごはんだよ!」


 そう言いながら、ひざまずいて胸をそらす。

 隠れ巨乳が赤道直下ギリギリまで露出した。

 やわらかい塊に挟まれて、剥き出しのバナナがピクピク揺れている。

 あまりのエロい光景に、居合わせた男子は鼻血噴出直前だった。


「食べてって……いいの?」

「早くして、これ以上は恥ずかしすぎて死んじゃう!」


 サクラは羞恥のあまり顔を背けたまま、顔中を真っ赤に染めていた。


「じゃあ、遠慮なく」


 カヲルは胸の谷間に刺さったバナナにかぶりついた。


「ああん、直食いぃ」


 そのままイッキに根元まで喰らいつくす。


「おいしい、おいしいよ。サクラちゃん」

「カヲルちゃん、息が、息があたるよぁ」


 美少女二人の繰り広げる淫靡な光景にクラスの男子たちは今度こそ鼻血を噴き上げ、女子たちも頬を染めてへたりこんでしまった。

 それから数十秒後。

 カヲルはズズズっと音を立てて残りのバナナを吸い上げ、もぐもぐ咀嚼して、ゴクンと飲み込むと、おもむろに宣言した。


「この勝負、水無川櫻の勝利!」


 我に返ったクラスメイトたちはパチパチと拍手する。

 妖しい熱気に包まれた調理実習室で、この審査結果に異議を挟む者は誰一人としていなかった。


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