第26話 百合修羅


 悶々と悩んでいるうちに、朝のHRがはじまった。


「はい、席についてぇ」


 クラス担任は、今年山花中学に赴任したばかりの若い女教師だ。彼女はやや困惑した顔で言った。


「えー、みなさんに嬉しいお知らせです。今日から一緒に勉強する仲間が増えました。転校生の冬湖トウコ・ベアトリーチェ・睡蓮寺さんです。トウコさん、入ってください」


 現れた転校生を見て、カヲルは思わず噴き出した。


「お、おまえ!」


 そこにいたのは銀髪美少女くのいちにしてカヲルの妹のトウコだ。


「兄上様!」


 トウコはカヲルをみつけると、目にも留まらぬスピードで抱きついてきた。


「さっそくお会いできて嬉しいです!」

「お、おい、やめろよ」


 クラス中の目が釘付けになった。

 特に隣にいるサクラの視線が痛い。

 すると驚いたことに、人見知りのサクラがトウコに話しかけた。


「あの、冬湖・ベアトリーチェ・睡蓮寺さん、睡蓮寺ってことはカヲルちゃんの御親戚なの?」

「トウコは兄上様の妹です」


 トウコの返事にサクラは首をかしげる。


「アニウエ様?」


 カヲルが慌てて言い訳した。


「あーそれ、あたしのこと。アニウエじゃなくて、正確な発音はアニーウェね。あたしの正式な名前は、夏折・アニーウェ・睡蓮寺。で、妹は冬湖・ベアトリーチェ・睡蓮寺。うちは代々ロシアの血が入ってるからさ」

「でも、カヲルちゃんちって日本の伝統文化の家元じゃなかったっけ?」

「いや、ええと、そうだよ、わが睡蓮寺流は日本の伝統文化だよ。そうなんだけど、これからはグローバル社会だからさ。取り残されないように積極的にロシアの文化を取り入れてるんだ。ハラショー、マトリョーシカ、エリーチカ!」


 あまりの強引な言い訳に、教室内の空気が凍りつく。

 そんな中、サクラとトウコだけは感心したようにうんうんとうなずいていた。


「へぇ、そうなんだ。さすがカヲルちゃんのおうちだね」

「トウコも知りませんでした、兄上様すごいです」


 それから、サクラとトウコは改めて挨拶をかわした。


「トウコさん、わたしは水無川櫻といいます。睡蓮寺夏折さんと一番仲のいいお友達です」


 自称ネチネチのサクラは、妹のトウコにもジェラシーを感じているらしい。

 口調は穏やかだが、棘のある言い回しだった。

 トウコも負けじと言い返した。


「まあ、兄上様のお友達ですか。トウコは妹ですけど、近いうちに兄上様と結婚する予定、つまり婚約者でもあるんです。兄上様の一番仲のいいお友達のサクラさんも、結婚式にはお呼びしますね」


 予想をはるかに超えた反撃に、サクラの身体がワナワナと震えはじめる。


「こ、婚約者ですってぇ!」


 カヲルはあわてて言い訳した。


「いや、サクラちゃん誤解しないでよ。婚約者といっても両親が勝手に決めただけで……」

「婚約者はホントなの!? だって、トウコさんは妹なんでしょ!」

(しまった、言い訳ポイントを間違えた!)


 サクラは驚きで目を丸くしている。

 教室内がなんともいえない微妙な雰囲気に包まれた。口を挟もうとするクラスメイトを視線で威圧すると、カヲルはさらに弁解を重ねた。


「あ、あの、さっきも言ったとおり、ウチは日本の伝統文化を継承する家元なんだけどさ。家のしきたりでウチでは代々、女の子同士で結婚することになってるんだ。しかも兄弟だろうとお構いなしでさ。困っちゃうよね」

「家のしきたりで女の子同士で結婚!?」


 サクラは不審げに目を細める。


(マズいぞ、さすがに荒唐無稽過ぎたか)


 言ったそばから後悔した。


(他に言い訳が思いつかなかったとはいえ、よく考えたら女の子同士で結婚する伝統なんてありえないよな。一代で即断絶しちゃうもんな)


 さすがのサクラもこれは信じてはくれないだろう。

 ところが――


「すごい、すごいよ! 女の子同士で結婚できるなんて、日本の伝統って素晴らしいよ! わたしもその伝統文化習いたい! 踊りなの? いけばななの? お茶なの?」


 サクラは興奮気味に叫んだ。どうやら上手く騙しおおせたらしい。


(よかった、サクラちゃんがアホの子で)


 カヲルはホッと胸を撫で下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る