第25話 ドキッ! 女だらけの勉強会!

 ミモリとナモリは続けた。


「ちなみに、あたしたちが教えられるのは保健体育だけミモリ」

「それも実技オンリーナモリ」

「誰もおまえらには期待してないよ。でも困ったぞ。どこかに勉強できるヤツいないかな」

「くのいちの家の子は、中卒ですぐ働きはじめるから真面目に勉強しないミモリ」

「成績がいいのは、生徒会長のヨシノブくらいナモリ」

「でもヨシノブじゃだめだぞ。サクラちゃんは筋金入りの男性恐怖症なんだからな」


 するとミモリとナモリは顔を見合わせてほくそ笑んだ。


「ふふふ、その点はぬかりないミモリ」

「シノブちゃん、カモーンナモリ」


 教室のドアが開いて、中からセーラー服に三つ編み姿の女子が現れた。

 いや、女子の格好をしているけど明らかにゴツい。身長も高いし、うっすらヒゲも生えているような……てか、どうみてもヨシノブだ。


(そういや、コイツは絶望的に女装が似合わないって理由でくのいちを断念したんだったよな)


 驚いたカヲルは「念唇法」で尋ねた。


《おまえ、なにやってんだよ! こんなトコでそんな恰好して!》

《そんなのこっちが聞きたいよ!》


 ぼやくヨシノブに、ミモリとナモリがヤレヤレと肩をすくめる。


「知り合いで頭がいいのはヨシノブくんだけ。しかも水無川さんは男性恐怖症。となると作戦は一つミモリ」

「今日のこの子はヨシノブ兄じゃない。ヨシノブ兄の双子の妹のシノブちゃんナモリ」


 カヲルとヨシノブは机を叩いて怒鳴った。


《誰が、シノブちゃんだ! こんなゴツい女子中学生がいるか!》

《そうだぞ、すぐバレるに決まってるだろ!》


 たしかに、冷静に見てヨシノブの姿は女装した男子中学生。

 いくらサクラが天然とはいえ、双子の妹だなんて騙されるわけが……


「シノブ……さん?」


 サクラは不思議そうにヨシノブの顔を覗き込むと、――ちょこんと頭を下げた。


「わざわざわたしのためにありがとう。渕上生徒会長って妹さんいたんだ」


 騙されたっ!!

 天然恐るべし。全然気付いていないらしい。

 それから、いつもの小動物スマイルを浮かべて言った。


「でも、女の子が五人も集まるなんて華やかでいいよね。わたし、前の学校で友達いなかったから、なんだか嬉しいな」

「ハハハハ、そうだねぇ」


 その純粋な笑顔に、カヲルは心の中で土下座をした。


(いやいや、そう見えるだけでサクラちゃん以外は全員偽者、5人中4人男だから……)


 さっそくシノブちゃんを教師役として勉強会が始まった。

 外見はともかく、睡蓮寺の金庫番と名高い渕上家次期当主の教え方はなかなかに上手だ。

 それにサクラはもともと頭が悪かったわけじゃない。

 病弱で授業に出ていないので成績が悪かっただけらしい。みるみるうちに教わったことを吸収していく。

 鬼門のマイナス同士の計算をあっさりクリアして、文字式の計算へ。

 あっという間に、カヲルの手の届かない領域に突入した。


「水無川さん、すごいミモリ」

「小テスト十点満点中九点ナモリ」

「へへへ、ありがとうございます。みんなのおかげだよ」


 勉強会には赤点回避の他にも意外な効果があった。

 最初はカヲル以外の三人に遠慮がちだったサクラが徐々に打ち解けはじめたのだ。


「でも、カヲル姫は全然できるようにならないミモリ。まだ繰り上がりの足し算ができないミモリ」

「まあ、もともとの頭が悪いからしょうがないナモリ」

「そりゃ繰り上がりなんてまだ早いよ。指が足りなくなるだろ、ってうっせぇなぁ!」


 期末テストまではまだ2ヶ月ある。

 この分だと赤点回避はなんとかなりそうだ。

 余裕の笑みを浮かべていると、ヨシノブ改めシノブちゃんが念唇法で話しかけてきた。


《テストはともかく、アッチの方は大丈夫なのか?》

《アッチの方って?》

《やっぱり忘れてたか。期末試験の前に水泳大会があるだろ》

(水泳大会!)


 すっかり忘れていた。

 山花村で秋の盆踊りの次に盛り上がる一大イベント、それが水泳大会だ。

 単に泳ぎの速さを競うだけじゃなく、睡蓮寺流くのいちの卵たちが日ごろの水練の成果を披露することになっていた。なかでも、カヲルの披露するド派手な水遁の術は村人たちが毎年楽しみにしているメインイベントで、睡蓮寺の跡取りとして欠席するわけにはいかない。

 かといって、水着を着ればサクラに男だとバレてしまうだろう。

 サクラの兄、直人と交わした原宿行きの条件は「赤点を取らないこと」。 

 それにもう一つ、「女友達としてつきあい続ける」という前提条件もあるのだ。

 そもそもカヲルが男だとわかったら、男嫌いのサクラが一緒に出かけてくれるはずがない。


《水泳大会って、あと一ヵ月切ってるじゃん》

《だから言っただろ。どうする? 篠栗の家に頼んでスク水着れるようにしてもらうか?》

《それって性転換手術!? 嫌やっ、ちょん切るのだけはかんべんしてくれ!》


 想像しただけで、股間が凍り付きそうになる。

 そんなカヲルを見て、サクラは心配そうに小首を傾げた。


「カヲルちゃん、大丈夫? 具合悪いの?」


 天使のような瞳が近づいてくる。


「いや、大丈夫大丈夫」


 慌てて手を振ってごまかすと、サクラはカヲルだけに聞こえるようにこっそりささやいた。


「……じゃあ、さっきの続きは原宿でね」

「さっきの続き? って、もしかして」


 キスのこと? そう言おうとしたカヲルの唇をサクラの指が塞ぐ「。


「誰にも内緒、二人だけの約束だよ」


 マジエンジェーなその微笑みに、カヲルは思わず神に誓った。


(この笑顔を守るためなら、オレはなんだってする! ……でも、できれば手術以外でお願いしますっ!)


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