嫁の座争奪戦

第24話 女の子同士だから、キスしてもOK

 翌日の早朝。

 カヲルとサクラは赤点回避の勉強会を開くため教室に集合していた。


「カヲルちゃん、なんか目赤いよ」

「昨日、遅くまで家族会議があってね」


 カヲルとトウコに子作りをさせるという両親と、それに反対するカヲルとの話し合いはいつまでたっても平行線のままだった。


「それで寝不足なの? なのにゴメンね。朝早くからわたしのために」

「全然平気。あんなバカ親のことなんかもうどうでもいいし。あたしにとって一番大切なのはサクラちゃんだから」


 嘘偽らざる正直な気持ちだ。

 けれど、それを聞いたサクラの頬はピンクに染まった。


「もう、カヲルちゃんてばいきなりそういうこと言うし……でも、なにかお礼したいな」

「えー別にいいよ」

「わたしじゃなにもできないと思ってるでしょ。なんでも言ってよ。わたし、カヲルちゃんのためならなんでもするから」


 そう言った唇はサクランボのように真っ赤に艶めいている。


「ちょ、サクラちゃん顔近い」


 今度はカヲルが頬を赤らめる番だった。

 なんでもする、ということはアレでもコレでもいいってことか。


「じゃ、じゃあ、その……キスとか」

「キス?」


 サクラの目が丸くなる。カヲルは慌てて弁解した。


「キスと言っても軽いヤツ、挨拶代わりみたいな」

「軽い……キス?」


 疑うことを知らない純真無垢な表情に、カヲルは耐えられなくなって両手を振った。


「いやいやいや、やっぱ今の無し。無しよりの無し。冗談、冗談だから」

「いいよ。そのくらい、女の子同士なんだから」

「マジかっ?」


 カヲルの問いかけに、サクラは答えなかった。

 ただ瞳を閉じて唇を突き出す。


(……マジですか)


 ゴクリと唾を飲み込んだ。


(でも、せっかくのサクラちゃんの好意を無駄にしちゃ失礼だよな。そうだよな)


 汗ばむ手を握り締める。

 それから自分も目を閉じると、思い切って唇を近づけた。

 吐息を感じる。

 カヲルの唇にサクラの熱が伝わってくる。

 あと一センチも近づければ、念願のファーストキスだ。


「カヲルちゃん!」「カヲル姫!」


 その時だった。

 突然、教室のドアが開いて何者かが飛び込んできた。カヲルとサクラは弾かれたようにそっぽを向いて離れる。

 ミモリとナモリだった。

 もったいないような、ホッとしたような複雑な心境で息を吐く。


「おまえら、いったい何しに来たんだ?」

「水無川さんに勉強を教えるって、本気ミモリ!?」

「そんなことして大丈夫ナモリ!?」


 どうやら昨日のハルトたちとのゴタゴタが二人の耳にも届いたらしい。

 カヲルはサクラに聞こえないよう、唇の動きだけで会話する忍法「念唇法」を使った。


《サクラちゃんの家に近づくなって言われたけど、サクラちゃんに近づくなって言われたわけじゃないからな。でもおまえら、チクったりしたらただじゃすまないぞ》


 すると先日の一件以来すっかり下僕状態になっている二人はブンブンと首を縦に振った。


《チクらないミモリ、ウチらはもうカヲルちゃんに忠誠を誓うことにしたミモリ》

《でも、カヲルちゃんは勉強なんて教えられないナモリ》

《失礼なこと言うな。そりゃオレだって頭いいほうじゃないけど、赤点なんて取ったことないぞ。サクラちゃんは小学校五年生レベルだっていうから、オレでもなんとかなるだろ》


 ミモリとナモリは無言で顔を見合わせる。

 サクラがおずおずと話に割り込んできた。


「ええとカヲルちゃん、そろそろ数学から教えてもらっていいかな」

「ああ、お待たせ。じゃあ数学の教科書だして……あれ? サクラちゃん、それ数学じゃなくて英語の教科書だろ。アルファベットばっかり並んでるじゃん」


 それを聞いたミモリとナモリはがっくりと肩を落とす。


「やっぱカヲルちゃん、方程式とか知らないミモリ。まあ、くのいちに数学は不要ミモリ」

「いままで公然の秘密だったんだけど、カヲル姫が赤点取ってないのは睡蓮寺の跡取りだから特別扱いされてるだけナモリ。ホントの学力は小学校3年生レベルナモリ」

「な、なんだとぉ」


 そう言われて初めて、カヲルは自分の教科書がサクラのとは全然違うことに気が付いた。

 カヲルの教科書は表紙の「中二数学」の文字がシールになっている。

 剥がしてみると、その下には「楽しい算数・小学二年生」と書かれていた。

 道理で楽勝なワケだ。

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