第22話  母親は百合姫

「女の裸に気をとられるなぞ、くのいちとしては下の下だぞ。本来、己の魅力で敵を油断させるのがくのいちだろう」

「う、うるせぇ」

「しかも、自分の妹相手に欲情するとは」

「……やっぱり、トウコは妹なのか?」


 カヲルの問いかけに父ハルトは答えようとしなかった。


「今日のところはこのくらいで見逃してやる。くれぐれも水無川の屋敷に近づくなよ」


 問答無用というわけだ。その高圧的な物言いがカヲルの勘に触った。

 

(……コイツ、なんでこんなに偉そうなんだ?)


 生まれたばかりのカヲルを置いていなくなり、帰ってきたかと思えば幼女の姿になっていやがった。

 四十過ぎてロリータに変身するって、いったいどんなジャンルの変態なんだ? 

 

「うるせぇ、オレはアンタの指図なんかうけねぇ!」

「親に向かってなんだ、その口の利き方は」

「アンタなんか父親じゃねえ、オレや母さんを捨てておいて、いまさら父親面してんじゃねえ!」


 カヲルの叫びが林道にこだまする。

 そのこだまが返って来るかのように、声がした。


「おやおや、いったい何時あたしが捨てられたんだい?」


 落ち葉が巻き上がって何者かが姿を現す。

 声の主は、睡蓮寺血秋チアキ

 カヲルの母親にして、睡蓮寺流くのいち忍法現首領だった。

 御歳40ウン歳のはずなのに、くのいち装束に身を包んだ姿はどうみても女子高生だ。

 唯一彼女の年齢を物語っているのは髪の長さだろうか。

 カヲルと同じく、生まれてから一度も切ったことのないまっすぐな黒髪は足首まで届いていた。


「母さん、なんでここに!」


 チアキはカヲルの問いには答えず、ハルトのそばに駆け寄った。

 そのまま自分の身体の半分ほどの銀髪美幼女にしなだれかかる。


「アナタ、ごめんなさい。息子の教育がうまくいかなくて」

「なぁに、しかたないさ。女手一つで睡蓮寺の首領とカヲルの母親の一人二役だったんだ。苦労をかけたな」


 そう言いながらハルトはチアキの頭を優しくなでつけた。


「ちょっと待てよ!」


 カヲルは抗議の叫びを上げた。


「なんなんだよ! オヤジは外国に女を作って、母さんと離婚したんじゃなかったのかよ!」

「バカね、そんなこと誰に聞いたの?」

「それは、……村の噂で」

「あたしがハルトさんと別れるわけないじゃない。ハルトさんは睡蓮寺の未来のために、大事な任務についていたのよ」

「ああ、そうだ。そして、ようやく任務を達成して戻ってきたんだ」

「そうだったのか……じゃあ、そんな幼女の格好をしてるのも任務のため?」

「いや、これは趣味だ」

「なんだよ、それ! 母さんもそれでいいのかよ!」

「趣味というのは、母さんの趣味だ」

「あたしはもともと女の子同士のほういいし、幼女ってのもたまらないわ、ウフフ」


 妖艶な笑みを浮かべながら、チアキはペロリと舌なめずりをする。


「ウフフじゃねぇ! キモいんだよ!」


 突然カミングアウトされた母親の性癖に、カヲルはガックリと肩を落とした。

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