第21話 蜘蛛対カワセミ
硬質化した木の枝を押し込んで、身体ごとをトウコを地面に吹き飛ばした。
(やっべぇ、やりすぎた!)
と思いきや、トウコは空中で宙返りして軽々と着地する。
そのままカヲルめがけて糸状のものを放った。トウコの髪と同じ銀色の糸だ。
(なんだっ?「乱れ柳」か?)
飛んできた銀色の糸を木の棒で払った。
(!?)
異変を感じて、即座に得物を投げ捨てる。
糸を払った木の棒が粉々に砕け散った。
「陽気を食われたのか!?」
彼女の放つ銀糸に触れると、陽気が吸収されてしまうようだ。
「裏睡蓮寺流くのいち忍法『女郎蜘蛛(アルケニー)』」
「裏睡蓮寺って、そんなもん聞いたことないぞ」
薄桃色の唇がほんの少しV字に歪んだ。
「無知を得意げに語るなんて、兄上様、笑止千万です」
さらに無数の銀糸が襲い掛かってくる。
カヲルは素早い跳躍でそれをかわすと、一際背の高い楠の枝に飛び乗った。
(マズい)
足に違和感を感じて、あわてて飛びのく。
足元の枝にも銀の糸が隠れていた。
いつのまにか、周辺の木々に無数の銀糸が張り巡らされていたらしい。その光景はまるで巨大な蜘蛛の巣ようだ。
「四面楚歌ですよ、どうします? 兄上様」
糸に気を取られていると、今度は直接攻撃が襲ってきた。忍者刀をかわす間にも、銀糸の包囲網は一段と狭まっていく。
(このままじゃ、ジリ貧だ。どうする?)
カヲルの表情に焦りの色が浮んだ――すると、
「これが本当に睡蓮寺流次期首領の実力か?……鈍い、鈍すぎるな」
森の中から幼女の声が響いた。
現れたのは銀髪美幼女だ。トウコよりも一回り小さいだけの、まるでフランス人形のような銀髪、白い肌、青い瞳。
だがその正体はカヲルの父、睡蓮寺春兎。四十半ばのおっさんだった。
カヲルはハルトにむかって叫んだ。
「おいオヤジ、サクラちゃんの家に近づくなって、いったいなんのつもりだ!?」
ハルトは肩をすくめて答える。
「あの屋敷には、おまえの知らない闇があるのだ。すでにチアキたんとは話がついている。これからは俺が睡蓮寺を率いて水無川の件に当たる。おまえの手出しは無用だ」
「手出し無用? そんなこと言われて、はいそうですかと引き下がるわけないだろ。サクラちゃんはオレの友だち、一番の親友なんだぞ」
「性別を偽って近づく人間を親友とは呼ばない」
「うぐっ」
美幼女の皮を被った中年男の放つ正論に、カヲルは言葉を詰まらせる。
「とにかく、もう水無川の家に近づくな。でないと痛い目を見るぞ」
ぐっと拳を握り締めた。
「……痛い目を見るぞ? そんな脅しでオレを止められると思うなよ。だいたい、この程度の忍法でもう勝ったつもりか?」
裏睡蓮寺忍法『女郎蜘蛛(アルケニー)』。
察するに、陽気を吸収する糸を蜘蛛の巣状に張り巡らせ、敵の動きを縛る技だ。
陽気をエネルギーとする睡蓮寺くのいちにとっては少々厄介だけれど、タネがわかってしまえば対応策はいくらでもある。
「ようは直接触れずに、蜘蛛の巣を除去すればいいんだろ」
カヲルは、胸のチャクラに溜めていた陽気を喉頭に集めた。
「睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『暴れ川蝉』!」
集めた陽気をいっきに爆発させる。
大量の陽気は声帯を震わせ、強力な超音波となって大気を振動させた。
「なにっ!?」
超音波の衝撃でカオルを取り囲んでいた銀の糸はちりぢりに吹き飛ばされる。
それだけじゃなかった。
衝撃に巻き込まれたトウコのくのいち装束までがビリビリと引き裂かれる。ただでさえ布地の少ない衣装が破けて、美少女の真っ白い肌が露わになった。
「きゃっ!」
むき出しになった胸や下腹部を押さえると、トウコは羞恥に頬を染めながらしゃがみこんだ。
カヲルの前で彼女が感情を露わにしたのは初めてかもしれない。
「見ないでください! 兄上様のエッチ!」
咎めるようにそう言われて、慌てて目をつぶった。
「見てない、見てないぞ」
必死で弁解するが、カヲルの視覚はさきほどからの『燕舞』で通常の五倍に強化されている。薄い胸の頂点にあるピンク色が脳内にきっちり記憶されていた。
「戦闘中に自ら目を閉じるヤツがあるか!」
叫び声とともに、後頭部に衝撃が走る。
ハルトの飛び蹴りがカヲルの頭を直撃したのだ。身体は小さいが、陽気の乗った重厚な一撃だった。
(……不覚、ピンク色に気を取られたばっかりに……)
地面に倒れるカヲルの耳に、父親の偉そうな説教が聞こえてきた。
「女の裸に気をとられるなぞ、くのいちとしては下の下だぞ! 本来、己の魅力で敵を油断させるのがくのいちだろう!」
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