第20話 兄妹喧嘩は、毒なし手裏剣で
「じゃあお兄さん、サクラちゃんが赤点を取らなければ原宿行きを許してくれるんですね」
「ああ、もしそんな奇跡がおこるようなら約束しよう」
サクラの兄、水無川直人ともう一度約束を交わして、カヲルはサクラの家を後にした。
屋敷の敷地を出たところでスマホが鳴る。
サクラからのメッセだった。
『今日はとっても楽しかった。また来てね。それに、今度はカヲルちゃんのおうちにも遊びに行きたいな。大好き。あ、でも百合じゃないからね』
思わず、カヲルの頬が緩む。
夕焼け空に向かって叫んだ。
「うそつけぇい! もう絶対百合百合じゃんかぁあ!」
その時だった。
(!)
背後から怪しい気配を感じて、路傍の樹木に飛び乗った。
この気配には覚えがある。
(やっぱり)
山中にそびえ立つ欅の大木の上に、スカイツリーで出会った銀髪美少女姉妹の姉の方が立っていた。
今日はあのときのゴスロリファッションとは違う、体にフィットした黒装束だ。
睡蓮寺のとは少しデザインが違うけれど、あきらかにくのいち装束。
つまり、彼女もカヲルと同じくのいちというわけだ。まあテロリストのボスを蹴り飛ばした体術からして、さもありなんと言ったところか。
「やぁ、また会ったね。今日はオヤジは一緒じゃないのか?」
彼女と一緒にいた銀髪姉妹の妹の方は、十四年前に家を出たカヲルの父親だった。自分でもちょっと何を言ってるのかわからないけれど、まぎれもない真実だ。
そしてその父親は、彼女のことをカヲルの妹だと言った。
日本人の中年オヤジがいつのまにか銀髪美幼女になっていることに比べたら、こっちの方がよっぽど納得できる。
父親は浮気して母親と別れたんだ。
腹違いの妹の一人や二人いても全然不思議じゃない。
「こんなところで何をしているんだい?」
できるだけ兄らしく、フレンドリーなカンジで話しかけてみた。しかし――
(!)
返って来たのは、手裏剣だった。
ノーモーションで手裏剣が三本、急所を狙って一直線に飛んでくる。
二本をかわして、最後の一本を指で受け止めた。睡蓮寺流で使うのと同じ、六角剣だった。
「いきなり物騒だなぁ。ま、本気じゃないのはわかるけどさ」
六角剣は命中率が高いぶん殺傷力にかける。
ミモリとナモリじゃないけれど、本気でカヲルをどうにかするつもりなら毒くらい塗ってくるはずだ。
つまり、この手裏剣は挨拶代わりってヤツだろう。
もう一度聞いてみた。
「ええと、キミの名前は? 日本語が通じないのか? って、そんなことないよな。スカイツリーで普通に話してたモンな」
すると、銀髪美少女はようやく口を開いた。
「冬湖(トウコ)・ベアトリーチェ・睡蓮寺」
(……睡蓮寺ってことは、やっぱり親父の娘なのか)
「で、トウコちゃんはここで何を?」
「トウコの任務は、あの屋敷に近づくものを排除すること」
予想外の返事だった。
「あの屋敷って、サクラちゃんの家のことか?」
「近づくものは、たとえ兄上様であろうと強制排除します!」
氷のように冷たい口調でそう言うと、トウコはカヲル目掛けて飛び掛ってきた。
その手には刀が握られている。太刀と脇差の中間の長さで、刃が黒く塗られた忍者刀。睡蓮寺のくのいちが使っているのと同じものだ。
サクラの家にお呼ばれしていたカヲルは、当然ながら応戦できる武器を持っていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれってば! ええい、睡蓮寺流くのいち忍法奥義『燕舞』!」
身体能力を五倍化する忍法を使って攻撃をかわす。
ところがトウコも負けじと追撃してきた。枝から枝へ逃げ回るカヲルにしつこく喰らいついてくる。
おそらく彼女も『燕舞』と同様の強化系忍法を会得しているのだろう。
「しかたがないな、睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『鬼神剣』!」
カヲルは木の枝を拾って陽気を注入した。
か細い木の棒を鋼鉄と同程度まで強化する忍法だ。
「兄上様と呼ぶってことは、やっぱりキミはオレの妹なんだよな。それがなんでサクラちゃんちを見張っているんだ?」
「問答無用!」
「妹なら、ちょっとくらい兄貴に説明してくれたっていいだろ!」
空中で、木の枝と忍者刀がぶつかりあった。
睡蓮寺流くのいち忍法天地の巻を皆伝されているカヲルは、たとえ成人男性相手でも斬り合いに打ち負けたことがない。
硬質化した木の枝を押し込んで、身体ごとをトウコを地面に吹き飛ばした。
(やっべぇ、やりすぎた!)
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