第19話 原宿《あこがれ》に向かって、レッツゴー!

「なぁんだ、お兄ちゃんか」

「えっ? お兄さん?」


 どうやら男性はサクラの兄らしい。

 ビシッとした三つ揃いのスーツに身を包んだ銀縁メガネの似合うクールなイケメンが、こちらに向かってにっこり微笑んで言った。


「ああ、そう言えば今日はサクラのお友だちが来るんだったね」


 しかし、サクラは返事をしない。


「原宿のこと許してくれるまで、お兄ちゃんとは口利かないことにしてるの」


 そう耳打ちしてきた。

 とはいえ、カヲルまで挨拶なしというわけにはいかないだろう。そっぽを向いたサクラの隣で引きつった笑顔を浮かべた。


「サクラちゃん、じゃなくて、妹さんのクラスメイトの睡蓮寺夏折といいます。妹さんとは仲良くしてもらってます」


 カヲルが頭を下げると、サクラの兄はすっと目を細めた。


「兄の水無川直人ナオトです。妹と仲良くしてくれてありがとう」


 言葉とは裏腹に、品定めするような油断のない表情を浮かべている。兄妹だというのにサクラとは似ているところが一切なかった。

 とりあえず、頼んでみた。


「あのぉ、二人で原宿に行くのを許してもらえませんか。サクラちゃん、とっても楽しみにしてるんです。もちろんあたしもですけど」


 するとサクラの兄ナオトはゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。


「なるほど、しかし自分には亡くなった両親から妹を任された責任があります。中学生の妹が危険な場所に行くのを許すわけにはいきません」

「サクラちゃんのことはあたしがきちんと守りますから!」

「キミが? でもキミだってまだ中学生でしょう」

「あたしは、睡蓮寺夏折です」


 カヲルはもう一度名乗りを上げた。

 例えよそ者でも、この山花村に越してきたからには睡蓮寺の名前を知らないはずがない。

 すると、ナオトは意味ありげに笑った。


「転校早々、睡蓮寺家の方と仲良くなれたことはとても心強く思いますよ。ただ不思議ですねえ。睡蓮寺の御当主さまにはご子息しかおられないと聞いておりましたが」


 どうやらカヲルが男だと気がついているらしい。


「そ、それは……」

(しまった、墓穴を掘っちまった)


 しどろもどろになりながら、カヲルはサクラを盗み見た。

 幸いサクラには兄の言葉の意味がわからなかったようで、きょとんとした顔をしている。

 ナオトはやれやれと肩をすくめた。


「まあ、自分としても男嫌いの妹をむやみに傷つけるつもりはありません。睡蓮寺の姫様が今後も妹の女友達でいてくださるのなら、条件付で原宿行きを許可しましょう。どうです?」


 どうやら、サクラに自分が男だと暴露しちゃいけないという意味らしい。


(まあサクラちゃんの男嫌いもハンパないし、とてもじゃないけどカミングアウトできる雰囲気じゃないもんな。ここは原宿行きのお許しをもらうだけでよしとするか)


 カヲルは大きくうなずいてみせた。


「わかりました。で、条件というのは?」

「そうですね。じゃあ、こうしましょう。今度の期末テストでサクラが赤点を取らなければ、二人で原宿に行っても構いません。しかし、一つでも赤点があればダメですよ」

「はぁ、そんなんでいいんですか?」


 赤点ということは三十点未満だ。

 中二レベルで滅多にお目にかかる点数じゃない。

 しかもど田舎にある山花中学のレベルは正直低めだから、東京からやってきたサクラにクリアできないはずがなかった。


「よかっ――」


 よかったねえ、そう言おうとしたカヲルの言葉を食ってサクラが叫んだ。


「ひどいよ、お兄ちゃん! それじゃあ結局行っちゃダメってことじゃない!」

「えっ?」


 みるとサクラは目を吊り上げ、プウと頬を膨らませていた。「もう、激おこプンプン丸なんだからね」などと流行から十周遅れたことを口走っている。

 あまりの可愛らしさに噴き出しそうになるけれど、一体どういうことなんだろう。

 不思議がるカヲルに、ナオトはやれやれと釈明した。


「我が妹ながら、サクラの学力レベルは小学五年生以下。オリンピック級のアホの子なんです」

「ホント……なの?」


 カヲルに問いかけられても、サクラは頬を膨らませてそっぽを向いたままだ。

 どうやら、ナオトの言うことは本当らしい。


「わかりました」


 カヲルはサクラの手を取ると、ナオトに向かって宣言した。


「あたしがサクラちゃんの勉強を見ます。絶対に赤点は取らせません!」

「カヲルちゃん……」

「期末試験までまだ2ヶ月ある。それまでに二人で猛勉強しよう!」

「うん、カヲルちゃん、わたし頑張るね!」


 サクラもカヲルの手を握り返す。

 二人はみつめあってしっかりとうなずきあった。


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