第11話 ながらスマホはやめましょう

「……松濤HDCねぇ。HDCって一体なんの略なんだ?」

「お、入りたくなってきたか?」

「そんなわけないだろ。言っとくけど、おまえたちの仲間は全部退治させてもらったぞ。もうすぐ警察が突入してくるから、そこでブルブル震えてな!」


 だが仲間が倒されたと聞いても、ジョージ・スチュアート三世は余裕の表情を崩さなかった。


「フン、ハナからあいつらなんてアテにしちゃいねえさ。警察も来たきゃ来ればいい。だけどよぉ、こいつを見てもそんな口が叩けるかな」


 そう言いながら、特攻服の胸ポケットから銃を取り出す。

 カヲルは一瞬、自分の目を疑った。


(何かの手品なのか?)


 取り出された銃は、とてもポケットに入るサイズではないサブマシンガンだったのだ。


「どうだ、このジョージ・スチュアート三世様が手に入れた力はよぉ!?」


 銃口をカヲルに向け、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


「手に入れた力?」


 カヲルは首をかしげた。

 今の手品モドキといい、この件はおかしいことだらけだ。

 まず、犯人たちが所持していた大型の武器。

 マシンガンやバズーガ、グレネードランチャーといった大物をどうやって見咎められずに天望フロアまで持ち込めたのか?

 そしてもし首尾よく身代金を手に入れたとして、どうやってこの孤立した塔から逃げ出すつもりだったのか?


 どうやら、この男には何か秘密があるらしい。しかし――


「松涛HDCに入れば秘密を教えてやってもいいんだぜ、マイスィートハニー」


 ぞぞっと寒気がして、どうでも良くなった。


「いいや、もう面倒くさい。とっととぶっ倒す」

「おいおい、そう言うなよ。これはマル秘中のマル秘なんだけど、おめえみたいな威勢のいい女は好みだから特別に教えてやるって。聞いて驚け、このジョージ・スチュアート三世は世界をひっくり返す力を手に入れたんだ。その力ってのはなあ――」


 そのときだった。カヲルのスマホが鳴った。

 このメロディは……サクラからの電話だ。


「こんなときくらいスマホの電源切っとけ!」

「あ、もしもし、サクラちゃん?」

「しかも、出んのかよ!」


 喚き散らすジョージ・スチュアート三世を無視して、カヲルは通話を続けた。


『あ、カヲルちゃん、ごめんね、こんな遅くに。いま大丈夫?』

「大丈夫大丈夫、ぜんぜんヒマしてたから」

「ヒマなわけねえだろ! ふざけやがって。俺様はなぁ、スマホのマナーがなってないヤツが一番嫌いなんだよ!」


 怒り狂ったジョージはマシンガンの引き金を引いた。爆音とともに撒き散らされる銃弾をすばやくかわしながら、カヲルは話し続ける。


『なんかすごい音するけど、カヲルちゃんホントに平気なの?』

「あー今テレビでスカイツリーのニュースやってるから、その音かな?」

『あ、それさっきまでわたしも見てたよ。怖いよねぇ』

「フフフ、大丈夫大丈夫。この事件の犯人って頭悪そうだろ。もうすぐ逮捕されるって」

「てっめぇ、地獄に落ちやがれ!」


 ジョージはさらに銃弾を乱射した。

 だが奥義「燕舞」で能力を五倍化しているカヲルなら、銃口の動きさえ観察していれば避けるのは難しくない。

 降り注ぐ銃弾を回避しながら、通話を続ける。


『それで、LINEの件なんだけど……』

(本題キターッ!)


 LINEの件ってのは、おそらく「明日、会ってください(キラキラ)」ってヤツだ。カヲルが男だと気がついていたら、サクラは絶対にOKしない。

 つまりOKしてくれれば、男だとはバレてないことになる。


『明日の日曜日、ウチに遊びに来ない? わたしもカヲルちゃんに相談があるし』


 それって、OKってこと!?

 つまり、男だとはバレてない?


「相談? サクラちゃんの相談って何?」

『もちろん原宿のことだよ。ほかに何かある?』


 彼女の声は明るく澄み切っている。

 思い切って聞いてみた。


「いや、今日の放課後のことかと……サクラちゃん、急に帰っちゃうから」

『あ、あーアレね。アレはちょっとびっくりしたけど。女の子同士って時々あーゆーことするよね。それで、明日はどうする?』


 いま、「女の子同士」って言った? ってことは、バレてない!


「もちろんOKだよ! 睡蓮寺カヲル、全身全霊を込めてうかがわせていただきます!」

『全身全霊は込めなくていいよぉ』


 カヲルは浮かれ気分で通話を終えた。

 胸のつかえが取れて、パーッと目の前が明るくなった気分だ。


「てめぇ、ずいぶん楽しい電話だったみたいだな」

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