第12話 くのいち忍法『魔仏鏡』
「てめぇ、ずいぶん楽しい電話だったみたいだな」
気がつくと、ジョージ・スチュアート三世はマシンガンを撃ちつくして肩で息をしていた。
予備の弾丸も尽きたらしく、苦々しげに空のマガジンを放り投げる。
「ああ、今の電話でとっても気分が良くなった。だから、アンタにも特別に情けをかけてやるよ。おとなしく警察に自首したら、痛い目には合わせないぜ」
「ふざけんなっ!」
「無理すんなよ。もう弾もないんだろ」
もちろんカヲルだって、考えなしにサクラとの電話を楽しんでいたわけではない。
一つは、マシンガンの弾が切れるのを待っていた。
もう一つは、人質に流れ弾がいかないようジョージ・スチュアート三世をフロアの南側におびきよせていたのだ。
「うっせぇ! 見て驚けっ!」
ジョージは再び特攻服の内ポケットに手を入れた。
男の指先がかすかに光を放つ。
次の瞬間、その両手には二丁のショットガンが握られていた。
殺傷力を高めるため銃身を切り詰めたショートバレルタイプだけど、それでも服のポケットに収まるサイズではなかった。
「……アンタの手に入れた力って、もしかして」
「冥土の土産に教えてやる。これが俺様、ジョージ・スチュアート三世の手に入れた錬金術、無から有を作り出す力だ!」
そう叫びながら、ジョージ・スチュアート三世は両手の引き金を引いた。
銃声と同時に、百発近い鉛玉がカヲルめがけて飛んでくる。いくら五倍の速度で動いても、これだけの弾丸をかわすことは難しそうだ。
「チィッ、睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『魔仏鏡(まふつのかがみ)』」
カヲルは両手を広げて前に差し出すと、陽気を傘のように放出した。
忍法『魔仏鏡』――空中に硬質化した陽気の盾をつくりだす忍法だが、現れるのは普通の盾じゃない。
すべての攻撃を跳ね返す攻防一体のシールドだ。
カヲルの前に目に見えぬ盾が出現し、飛んできた無数の散弾を跳ね返した。
「グギャッ!」
跳ね返った散弾がジョージ・スチュアート三世の身体にめり込む。
おもわずカヲルは顔をしかめた。
くのいちである以上、敵を殺すのはやむをえない。わかってはいるが、いつまでたっても体が慣れてくれない。
全身から血を噴き出しながら、ジョージはドスッと音を立てて真後ろに倒れた。
用心深く近寄って、心臓が完全に止まっていることを確認する。ポケットを探ると、中に怪しい文様の書かれた紙切れがまだ数枚入っていた。
「錬金術、とか言ってたな」
錬金術とは魔方陣を使って様々な物質を練成する西洋の魔術だ。
くのいち忍法が実在するように、欧州に錬金術を扱う錬金術師の集団があるという話は聞いたことがある。
おそらくこの紙切れに書かれているのは錬金術の魔方陣なのだろう。
これだけの武器をどうやってこんなところまで運んだのかと思っていたら、そういう仕掛けがあったわけだ。
「そういやHDCってのが何か聞かずじまいだったな。まあ、いいけど」
スマホを見ると、午後十時五十五分だった。
(思ったより時間がかかったな)
カヲルは階上に向かって叫んだ。
「もう、降りてきて大丈夫だよ」
非常階段の陰から、銀髪美幼女美少女姉妹がおそるおそる顔を出した。
「パパぁ、ママぁ」
泣きながら人質たちのところへ駆け寄る妹。
「ハル、あわてないで」
そのあとを追って姉も階段を降りてくる。
すれ違いざま、カヲルに向かってぺこりとお辞儀をした。
その可憐なしぐさに、カヲルの鼓動がドクンと高鳴る。
(何考えてるんだ、オレにはサクラちゃんという大事な女の子が……って、別にサクラちゃんは彼女じゃなかったっけ……いやいや、だからって浮気はダメだぞ)
姉妹は、人質たちの眠るカフェで家族を探しはじめたようだ。
梵化香のせいで眠り込んでいた人質達もぼつぼつ目を覚ましはじめている。幸いにして、たいした怪我人はいないらしい。
(あとは警察に任せて、そろそろ退散するか)
カヲルが撤収しようとした、その時だった。
「……マジ、ムカつく」
背後に人影があった。
「せっかくうまくいってたのに邪魔すんじゃねぇつっうの」
人質の中に犯人の仲間がいたのかと思いきや、そうじゃなかった。カヲルは我と我が目を疑った。
先刻、体中に散弾を受けて死んだはずの松涛HDCのボス、自称ジョージ・スチュアート三世がゆっくり立ち上がってきたのだ。
(まさか、完全に死んでたはずなのに!?)
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