第9話 戦場の銀髪姉妹
(じゃあ、ここはチョイチョイと片付けますか)
カヲルはエレベーターホールの穴にぶら下がった。
「睡蓮寺流くのいち忍法地の巻『蟻歩』!」
蟻歩とは、陽気を燃やして手足の筋肉を活性化させることで手掌と足裏に吸盤を作り出し、垂直の壁にも貼りつけるようになる睡蓮寺流くのいち忍法初歩の技だ。
カヲルの手足が壁にピタリと吸い付いた。
そのまま重力を無視するかのように四つんばいの姿勢で下へと降りていく。
あっというまに天望フロアの一番上、350フロアに着地した。
このフロアからは、人間の動く音は聞こえてこない。
犯人たち七人がいるのは、下にある二つの階だ。345フロアに二人。残りの五人と人質たちは340フロアにいる。
三つのフロアは、互いに内階段を通じて行き来できるようになっていた。
カヲルは懐から取り出した梵化香の丸薬に火をつけると通気孔に放り込んだ。ほどなく配管を通じて、催眠効果のある煙が三つ全部のフロアに充満するはずだ。犯人たちにどのくらい効果があるかわからないけれど、疲労困憊している人質の意識を朦朧とさせるには十分だろう。
(これでよし。五分後に345フロアに突入するぞ)
カヲルはスマホを取り出した。
さっき送ったLINEは未読のままだ。
(まあ、しょうがないか。サクラちゃん、いつも十時には寝ちゃうモンな……って、えっ?)
スマホから顔を上げたカヲルは、目の前の物体に思わず目を丸くした。
目の前に一人の女の子が立っていた。
年のころは六歳くらいか、メイド風のエプロンドレスに身を包んだお人形のような美幼女だ。
銀色の髪に青い瞳、肌は抜けるように白く、明らかに日本人ではなかった。
(なんで? このフロアには誰もいないはずなのに?)
戸惑っていると、美幼女は流暢な日本語で言った。
「……お姉さん、怖い人たちに捕まらなかったの?」
「えっ? お姉さん?」
あたりを見回して、それが自分だということに気がついた。
なるほどカヲルの格好はお姉さんにしか見えないだろう。
「お父さんもお母さんも捕まったの。ハルとお姉ちゃんだけ、おトイレに隠れて……」
幼女の瞳が涙ににじんでいる。カヲルは、その頭にそっと手を置いた。
「そうか、偉かったね。でもオレ、じゃなくて、あたしが来たからにはもう大丈夫だよ」
すると、幼女の後ろから声がする。
「ハル、外に出ちゃダメ!」
幼女の姉なのだろう。
同じく銀色の髪に青い瞳をした美少女が顔を出した。
彼女も妹と同じメイドスタイルで、二人が並ぶとまるで大小のフランス人形を揃えたようだ。
「えっ!? あなたは!?」
カヲルの姿をみつけて美少女姉はアッと驚く。
カヲルはシーッと指を口にあててみせた。
「助けに来たんだ。もう大丈夫だから、ちょっとだけ隠れてて」
それを聞いた幼女が堰を切ったように泣きじゃくり始めた。
「ホントに? ホントに大丈夫?」
その姿が、なんとなく甘えん坊のサクラに重なる。
カヲルは思った。
自分たちくのいちは、善か悪かでいうと間違いなく悪だ。
受け継がれてきた忍法は、煎じ詰めれば人を騙したり殺したりするための道具でしかない。
今はこうして政府の依頼で人助けのようなことをしているけど、それは結局は金のためなのだ。だからスカイツリーを占拠した犯人グループに対しても、怒ったり説教したりできる立場にはない。
カヲルが睡蓮寺の任務にいまいち真剣になれないのもそのせいだった。
「ハル、泣いちゃダメ、こっちにおいで」
泣きじゃくる妹をなだめようと、姉が優しく抱きしめる。
そんな姉妹二人の様子を眺めながら、カヲルは頭を掻いた。
(しょうがないな。こうなったら、ちょっとばかし本気をだしますか)
「睡蓮寺流くのいち忍法奥義『燕舞』!」
カヲルは、体中のチャクラに蓄えてある陽気を一気に燃焼させた。
奥義『燕舞』。
感覚器、脳神経、運動器、全ての能力を増幅することにより通常の五倍の速度で行動することが出来る。感覚的には、周囲の動きがスローモーションになり、その中を術者一人だけが自在に活動できるという感じ。
睡蓮寺流くのいち忍法屈指の大技だ。
ターボ全開になったカヲルは階段をいっきに飛び降り、245フロアに着地した。
このフロアにいるのは犯人七人のうちの二人。
忍法「立て耳」で確認すると、ラッキーなことにその二人は別々に行動しているようだった。とりあえず、近くにいるヤツから始末することにする。
まだ十五歳くらいの茶髪のヤンキーが得意げに自動小銃を抱えて、食堂を物色していた。
「日本の警察なんて大したことねぇなぁ、やっぱ松濤HDC最強だぜ!」
その様子からは警戒心の欠片も感じられない。
(いるんだよな。武器を持っただけで自分が強くなったと勘違いするド素人が)
カヲルは、音もなくヤンキー少年の背後に回りこんだ。
「んぐっ!」
右手で口を押さえ、左手で延髄を掴む。そのまま脳に陽気を注入した。
一般人が脳髄に陽気を流し込まれると、神経伝達物質の流れが狂って一種の麻痺状態に陥る。
ヤンキー少年は一瞬で意識を失った。
一人目の敵を倒し終えると、休む間もなく次のターゲットに接近する。
今度の相手は身長180センチをゆうに超える日焼けしたマッチョだった。
マッチョは自動小銃を背負い、二本のククリナイフを両手に握りしめている。その姿は一昔前のアクションスターのようだ。
(映画の見すぎなんだよ)
マッチョの肩をポンポンと叩いた。
「ん、なんだ?」
振り返った頬に人差し指を突き刺す。
「バカが見るぅ」
「てめぇ、どこから入ってきやがっ」
最後の一文字を言い終わる前に人差し指から陽気を注入した。いくら身体を鍛えていても、陽気の注入は防ぐことができない。
筋肉質の巨体がドスンという大きな音を立てて床に倒れこんだ。
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