スカイツリー攻防戦
第6話 人質救出作戦はバイト感覚で
次の日の夜。
「へぇ、俺が寝てるあいだにそんなことがあったんだ」
カヲルは放課後の出来事をヨシノブに相談していた。
「でも、一人で帰るなんてカヲル姫もひどいぞ。あれから他の生徒たちのフォローとかで大変だったんだからな」
サクラに正体を知られたことで落胆したカヲルはそのまま下校し、梵化香で眠らされたヨシノブが目を覚ましたときにはすっかり日が沈んでいたという。
「悪い悪い。ショックのあまりヨシノブのことすっかり忘れてたわ」
「まったく……」
少しも悪びれるところのないカヲルの口調に、ヨシノブはあきらめたように首を振って傍らのテレビに目をやった。
「お、結構派手にやってるなぁ」
テレビ画面では銃撃戦の様子が映し出されている。同時に爆発音と銃声が聞こえてきた。
流れているのはスカイツリー占拠事件のニュースだ。
今日の昼過ぎ、ストリートギャング「松涛HDC」が、居合わせた三十一人の観光客と七名のスタッフを人質にして、地上三百五十メートルにあるスカイツリーの展望台に立てこもった。
松涛HDCは渋谷界隈をテリトリーにしている不良グループで、メンバーは十代の少年が中心だ。それが、どこをどうやって手に入れたのか大小の銃火器で武装し、身代金十億円を要求して警察や機動隊相手に大立ち回りを繰り広げているらしい。
つい一時間前には犯人グループの仕掛けた爆弾が爆発したとかで、各テレビ局はその衝撃的瞬間を繰り返し放送していた。
「爆弾が爆発したのに、どうして犯人も人質も死んでないんだ?」
カヲルの素朴な疑問にヨシノブが答える。
「スカイツリーには展望台が二つあるんだ。一つは地上三百五十メートルにある天望フロアで、もう一つはさらにその上、地上四百五十メートルにある天望回廊だ。爆破されたのは上にある天望回廊で、犯人と人質がいるのは下にある天望フロアってわけさ」
「へーなるほどねえ。で、オレはどうしたらいい?」
カヲルは難しい顔で腕組みをする。
「どうしたらいいって?」
ヨシノブはふぅっとため息をついた。
「あのなぁ、俺たちはなんのためにヘリに乗ってるんだよ。カヲル姫はヘリから飛び降りてスカイツリーの天望回廊に着地。その後、爆弾によって破壊された箇所から天望フロアに侵入し、犯人グループを制圧するって作戦だ。さっきブリーフィングしたばっかりだろ」
そんなボヤキはヘリコプターのプロペラ音に掻き消される。
実は何を隠そう、カヲルとヨシノブは警察のヘリコプターでスカイツリーの上空二千メートルを飛行中だった。
応仁の乱の昔より、睡蓮寺家は時の為政者の命を受け、様々な任務をこなしてきた。
現代でも各国政府からの依頼で難事件を解決することが、主な収入源になっている。このスカイツリー占拠事件も警察では手に負えないと判断されたらしく、日本政府から解決が依頼されたのだった。しかし――
「いやそうじゃなくて! オレが言ってるのはサクラちゃんのことだよ。どうすればいいかな?」
ヨシノブのただでさえ細い目が点になる。
「この期に及んでまだその話かよ」
「オレにとってはこっちの方が大事なんだ! だいたいおまえはバイト代もらってるんだろ! いくらなんだよ?」
「……組合のきまりで、中学生は日給五千円だけど」
「かぁ、五千円かよ。いいよなぁ。こっちはタダ働きなんだぞ!」
睡蓮寺流くのいち忍法には下忍組合があり、一般くのいちや裏方スタッフの待遇が守られている。だが宗家のカヲルは上忍、つまり経営者側ということで組合には入れなかった。
つまり、無償でおウチのお手伝いをさせられている状態なわけだ
。
「わかったわかった、水無川さんのことは俺が考えるから。その代わり、カヲル姫は立て篭もり犯の方をしっかりな」
「サンキュー、さすがヨシノブ! 頼りなるなぁ!」
もともと渕上家は睡蓮寺家の作戦参謀的な存在だった。今回のような小規模作戦では、カヲルとヨシノブの二人でコンビを組むことも少なくない。
カヲルにヨイショされて、ヨシノブは照れたように肩をすくめた。
「カヲル姫の話を聞いた限り、まずやるべきは一つ。ホントに姫が男だってバレたのかを確かめることだな」
「えっ?」
「だって、カヲル姫が見られたのって篠栗ちゃんたちの胸を揉んでるトコだけなんだろ」
「あ、そういわれてみれば、そうか」
「とりあえず探りを入れてみるといい。LINEでも送れば? ちょうど明日は日曜日だし、話したいことがあるから会いたいとかなんとか。もしカヲル姫が男だって気付いてたら、男性恐怖症の水無川さんは絶対乗ってこないだろ」
「なるほど、つまりもしその誘いにOKするようなら男だとはバレてないってことか! ヨシノブ、おまえって頭いい!」
カヲルは早速、スマホを取り出した。
「おいおい、今は作戦中だぞ!」
ヨシノブの非難を無視して、メッセージを打ち始める。
「ええと、『明日会わない(ハート)』。いや、ちょっと軽すぎるかな? 『明日会ってください(キラキラ)』ってこれにしよう。送信と。うわぁ、送っちゃったよ!」
送信すると、今度は待ち受け画面を眺めてそわそわしだした。
「でもさ、もしOKされたら私服で会うってこと? それってヤバくねぇ? 女物の服なんて持ってないぞ。どうしよ。ええと、あれ? まだ未読だ」
早くも浮かれているカヲルに、ヨシノブの冷たい視線が突き刺さる。
「そんなすぐに既読つかないだろ。てゆうかさ、そもそものカヲル姫の目的は男だってカミングアウトすることじゃなかったっけ? なんか方向がズレてないか?」
「今はまだ早いんだよ。もう少し仲良くなってから、タイミングを見てすこーしずつすこーしずつ理解してもらうんだ」
「ふうん、まあいいけどな。あ、そういえば」
ヨシノブはふと思い出したように言った。
「睡蓮寺の奥義には篠栗ちゃんちみたいな性転換医術じゃなくて、男女の身体に自在に変化できる忍法もあったろ。ええと、『紅白梅』だっけ?」
「それは……」
カヲルは思わず言葉に詰まった。
睡蓮寺流くのいち忍法秘奥義「紅白梅」。
陽気を調節することで体の構造までも変化させるという奥義中の奥義だ。睡蓮寺の長い歴史の中でも、完璧に会得したものは数人しかいないと言われている。
その一人が
ハルトは百年に一度の逸材と呼ばれた天才くのいちだった。だがカヲルが生まれてまもなく、彼は任務でロシアに渡ったまま、消息不明となっていた。
幼い頃よりカヲルは母親から「父親は海外で重要任務を遂行中」と聞かされて育ってきた。しかし睡蓮寺関係者の間では、「ハルトが帰ってこないのはロシアに愛人ができたから」というのが周知の事実として語られていた。
「その奥義は、……いろいろあって今は継承されてないんだ」
「いろいろあって」というところから察したらしく、ヨシノブは話をそらしてくれた。
「そろそろ突入時間だな。油断するなよ」
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