第5話 くのいちといえば触手、という国民的誤解

「あーもう、ミモリナモリうるさいっ!」


 カヲルは、髪の毛に陽気を送って「乱れ柳」の締め付けをきつくした。


「ああっ、苦しいミモリ」

「うっ、きついナモリ」


 二人はそれぞれになまめかしいうめき声をあげる。

 陽気の糸に絡まってセーラー服がよじれ、日焼けしていない白い腹部が露わになる。スカートもめくれ上がって下着も丸見えだ。


(なんか……すげぇ、対〇忍ぽいんですけど……)


 もちろんカヲルは中学生なのでエロゲなんかやったことない。けれどその姿は、前にヨシノブが見せてくれたくのいちモノのエロゲの触手拷問シーンそのまんまだった。


「これに懲りたら、二度とオレにちょっかい出すんじゃねえぞ……ってゆうか、あのさぁ」


 カヲルは思わず目を細める。

 さすがは睡蓮寺の中でも医療忍法を得意とする篠栗家のくのいちだ。太股のムッチリ具合といい、張りのある胸の谷間といい、どう見ても本物の女子と見分けがつかない。


「おまえらって、その胸とかどうなってんの?」


 性転換医術は篠栗家の秘伝で、宗家のカヲルにも詳細は知らされていない。

 睡蓮寺流くのいち忍法は大きく、「天地」と「因果」の二系統に分かれている。戦闘忍法である「天地」と、くのいちの女の部分を用いる忍法「因果」だ。

「天地」についてはほぼ免許皆伝のカヲルだが、実は「因果」の修行はからっきしだった。


「あ、やっぱり興味あるミモリ?」

「カヲル姫、たしか『因果』のほうは素人とあんまりかわらないナモリ」

「つべこべ言ってないで教えろって、やっぱりシリコンとか入ってるのか?」


 カヲルはミモリとナモリのそばに顔を寄せ、並んでいる二人の胸を交互にながめた。ミモリが言う三センチという数字以上にナモリのバストの方が大きい気がする。

 制服からあふれんばかりの谷間を、ぐいと覗き込んだ。


「うーん、どのくらい本物に近いのか、見ただけじゃよくわからんな」


 とりあえず二人の胸を揉んでみた。

 弾力があって、それでいて柔らかい。


(とくに詰め物をしている感じじゃなさそうだけど……よく考えたら、オレまだ本物の女子の胸を揉んだことないもんなぁ)


 これがどのくらい本物に近いのか、カヲルにはさっぱりわからなかった。


「いやーん、いきなりミモリ」

「セクハラだよぉ、エッチナモリ」


 ミモリとナモリは二人して変な声をあげる。


「男のクセに何がセクハラだ! 気持ち悪い!」


 カヲルは怒鳴りながら、ムキになって二人の乳房を揉みしだいた。


「そもそも同性同士でエッチも何も無いだろ!」


 ――その時だった。


「あのぉ、カヲルちゃん、まだいる? 今度の日曜日なんだ……けど」


 扉を開けて現れたのは、とっくに帰ったはずのサクラだった。

 そのサクラの表情が、一瞬で凍りつく。

 それもそのはず、教室内に広がっていたのは異様な光景だ。半裸の女子生徒二人を縛り付け、乳を揉みしだくカヲルの姿。


「いや、コレは違うんだ、じゃなくて違うの」


 とりあえず弁解しようと口を開く。でも何をどう弁解したらいいのやら、もうしどろもどろだった。


「べ、別にいやらしいことしてるわけじゃないんだよ。だって女の子同士なんだし、こんなのスキンシップっていうか、挨拶代わりっていうか」


 すると隣でミモリとナモリがわざとらしいあえぎ声を出す。


「ああん、カヲルちゃん、胸ばっかり攻めるミモリ」

「もっとぉ、もっとキツくして欲しいナモリ」


「てめえら、ざけんな!」


 二人を殴り飛ばして、カヲルは作り笑顔を浮かべた。


「ええと、何の用事? 今度の日曜日が、どうかしたの?」


 しかし、サクラの表情はこわばったまま……

 ………………………………

 …………………

 ……

 無言のまま、回れ右をしてそのまま教室を出て行ってしまった。


「待ってくれ! 誤解だ、じゃなくて誤解よ!」


 カヲルは大慌てで叫ぶ。けれど、サクラの後を追うことはできなかった。

 追いかければ追いつくのは簡単だ。でも、追いついたところでサクラに掛ける言葉が見当たらない。

 そもそもサクラはこの状況をなんだと思っただろうか。


(やっぱどう考えても、オレが女子二人の服を脱がして痴漢行為を働いていたようにしか見えないよな……ってことは、オレが男だってこともバレちまったのか?)


 カヲルはガックリと肩を落とした。

 純真無垢なサクラのことだから、さぞ傷ついたに違いない。

 親友だと思っていたのが大嫌いな男子だったなんて。しかも放課後に女の子に痴漢行為を行う変質者だったなんて。

 せっかくこの2ヶ月積み上げてきた信頼関係が、全部パーだ。


「どうしたの? 彼女のこと追いかけないミモリ?」

「きっと何か誤解しちゃったんじゃない? って、あー誤解じゃないナモリ」


 ミモリとナモリの口調はどこか楽しげだ。


「誰のせいだと思ってるんだ!」


 カヲルはムッとして、最大限の陽気を「乱れ柳」に送った。髪の毛がフルパワーで二人の身体を締め付ける。


「ぎゃー、ご無体ミモリ!」

「あーん、これはこれでいいナモリ」


 教室内に、オカマ忍者の悲鳴が響いた。

 でも、どんなに二人を痛めつけても今となっては後の祭りだ。

 カヲルの初恋は、はかなく消えてしまった……のだろうか?

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