第4話 くのいち忍法「乱れ柳」
「カヲル姫はぁ、あの転校生のために女の子になろうとしてるナモリ」
「そ、それは……」言葉を呑み込んだ。
カヲルはこれまで、女の子とつきあったことがない。
それどころか親しく話ができる女友達すらいなかった。
生まれてこの方ずっと忍法修行に明け暮れていたし、学校の女子からは睡蓮寺の跡取りということで腫れ物扱いされてきたからだ。
そんなわけで、サクラはカヲルにとって初めてのガールフレンドだった。
彼女ともっと仲良くなりたい。あわよくば恋人同士になってイチャイチャしたい。そんな願望があることは否定しない。
しかし残念なことにサクラは超のつく男嫌いだ。
もしカヲルが男子だとバレたら、口も利いてもらえなくなる可能性が高かった。
(ならいっそのこと、オレが女の子になってしまえばよくないか?)
カヲルは目を閉じてサクラの顔を思い出した。
小動物のような、思わず守ってやりたくなるような、黒目がちの瞳。
その姿の隣にいるのは……「オレ」じゃなくて「あたし」。女になった睡蓮寺夏折。
原宿の竹下通りを並んで歩く二人。
はぐれないように手をつなぎ、名前を呼び合い、微笑を交わす。傍目から見れば、仲の良い女の子同士にしかみえないだろう。
でも二人は心の奥底で結ばれ、愛し合っている。
カヲルが女になりさえすれば、そんな未来が待ってるかもしれない……
(いやいや待て待て。よく考えたら、そんなの絶対おかしいだろ!)
心の中で思いっきりツッコミを入れた。
女×女で結ばれないから、男に生まれ変わりたい→わかる
女×男で結ばれないから、女に生まれ変わりたい→わからない、ってか、頭おかしい!
「……睡蓮寺流くのいち忍法地の巻『白木蓮』!」
カヲルは、全身のチャクラに溜まっている陽気に火を入れた。
睡蓮寺流くのいち忍法の基本は、陽気の蓄積と燃焼だ。人間は呼吸するたびに体内に陽気を発生させ、それを燃やすことで身体を動かしている。
睡蓮寺のくのいちは、日々の呼吸で生まれた陽気を数パーセントずつ体内のチャクラに溜め込むことができた。そうやって溜めた陽気をいざというときに燃焼させ、忍法のエネルギーにするのだ。
「白木蓮」は陽気により毒を浄化させる忍法。
睡蓮寺宗家のみに伝わる奥義だった。
燃え上がった陽気が体内に回った毒素を浄化させていく。神経の痺れが取れ、全身の筋肉が力を取り戻しはじめる。
麻痺していたカヲルの首がゆっくり動いて、二人をにらみつけた。
「……睡蓮寺宗家を舐めんなよ」
ミモリとナモリの顔がこわばる。
「ウソでしょ……カヲルちゃん、どうして動けるミモリ?」
「インド象なら三秒で絶命するチョー強力な麻酔薬ナモリ!」
「インド象が絶命って、それ麻酔薬じゃなくて毒薬じゃねぇか! てめえらオレを殺すつもりか!」
怒りのパワーも加わって、一気に毒素が吹き飛んだ。
力任せに立ち上がり、ミモリとナモリににじり寄る。
そのあまりの形相に二人は抱き合って後ずさりした。
「いや、あの殺すつもりってわけじゃないミモリ」
「でも、殺す気で行けとは言われているナモリ」
「言われてるって、いったい誰に?」
「それは、言えないミモリ」
「へぇ、おまえら自分の立場わかってるのか?」
カヲルに問い詰められて、妹のナモリがあっさり口を割った。
「……カヲル姫のお母様ナモリ」
「母さん?」
カヲルの母親は、睡蓮寺流くのいち忍法の首領だ。
姉のミモリもうなずく。
「カヲルちゃんの修行のために、隙を見て攻撃するように命令されているミモリ」
「もしカヲル姫が死んだらミモリちゃんを次の頭領にしてくれるって約束ナモリ」
たしかに血筋から行くと、カヲルが死んだら次の首領は分家長女のミモリだ。
「チクショー、あのババァ、息子を殺す許可を出すなんて! 帰ったらぶっとばしてやる!」
「それがいいミモリ」
「はやく、家に帰るナモリ」
「だがその前に、おまえたちにお仕置きをしなきゃな」
カヲルは右肩をグルグル回しながらゆっくりと二人に近づいた。どうやら筋肉の動きは完全復活したようだ。
「復活しちゃったよ、どうするミモリ?」
「どうするって、実力じゃ相手にならないナモリ」
「じゃあ逃げるミモリ」
「そうするナモリ」
言うやいなや、二人は懐から黒い玉を取り出すと床に打ち付けた。
忍法『しかみ玉』。いわゆる煙幕だ。
教室内に黒い煙が広がっていく。この隙に逃げるつもりらしい。
「そうは問屋が卸すかよ!」
カヲルは頭頂部のチャクラにある陽気をいっきに燃焼させた。
「睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『乱れ柳』!」
みるみる髪の毛が伸びて、逃げようとするミモリとナモリの足に絡みつく。
「しまったミモリ!」
「う、動けないナモリ!」
忍法「乱れ柳」は、カヲルの得意忍法の一つだった。
長く伸びた髪の毛がさらに二人の身体全体に巻きついていく。その姿はまるで蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のよう……いや、蛾のようだ。
「さっきのお返しだ。これで身動きできなくなったヤツの気持ちがわかるだろ」
なんとか逃げ出そうとミモリとナモリは必死でもがく。
しかし二人を縛っているのは、陽気で強化した髪の毛だ。金属ワイヤー並みに硬質化させているため、人間の力で切ることは不可能だった。
カヲルはゆっくりとミモリとナモリに近づいた。
二人の額に汗が浮かぶ。
ツンテールの妹、ナモリが口火を切った。
「あ、あの、カヲル姫を襲うって言ったのはミモリちゃんナモリ。そもそもカヲル姫を殺して首領になれるのはミモリちゃんだから、ナモリは関係ないナモリ」
ポニーテールの姉、ミモリも負けじと叫ぶ。
「ナモリあんた裏切ってんじゃないミモリ。カヲルちゃん、落ちつくミモリ。なんなら、ナモリの身体は好きにしていいミモリ」
くのいちの末路というのは哀れなものだ。
完全に捕まった篠栗姉妹、いや兄弟は醜い仲間割れを始めた。
「信じらんないナモリ! ミモリちゃん、それが姉のセリフ? カヲル姫、やるならミモリちゃんの身体をもてあそぶナモリ! ミモリちゃんってば夜の忍法は大得意だから、悶絶昇天間違いなしナモリ!」
「そんなことないミモリ! ナモリの方が絶対いいミモリ! 姉妹だから同じように見えるかもしれないけど、あの子の方が三センチもおっぱい大きいミモリ! 揉むなり吸うなり挟むなり好きにしていいミモリ!」
「あぁもう、ミモリナモリうるさいっ!!!」
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