第3話 篠栗三森七森姉妹、参上!
「いやいや、姫なら女になっても全然行ける! むしろ俺的に、どストライクなんだけど!」
気がつくとヨシノブの鼻息が荒くなっている。
カヲルは肩に乗った手を払いのけた。
「なんでオレがヨシノブのストライクゾーンを気にしなきゃいけないんだ! ……ていうか、その話はやめようぜ」
なんだかいやな予感がしてカヲルは辺りを見回した。
こういう話になると決まって、ちゃちゃを入れるヤツらがいるんだ。
「いいと思うけどな。性転換すれば、サクラちゃんと楽しい百合ライフが送れるわけだろ」
あわててヨシノブの口を押さえた。
「しっ、黙ってろ!」
しかし遅かった。どこからか妖しい匂いが流れてくる。
「あれ? なんか、急に眠くなって……」
ヨシノブが糸の切れた人形のように倒れこんだ。
カヲルは慌ててその身体を抱きとめる。
見回すと、教室に残っていた数名の生徒たちも眠りに落ちていた。
(この匂い、梵化香か……)
教室内に充満しているのは、催眠効果のあるお香だ。
けれどそれはカヲルのような修行を積んだくのいちに効くものではない。きっと目撃者を眠らせることが目的だろう。
つまり、襲撃者は生徒達を巻き込むつもりはないわけだ。
カヲルはヨシノブの身体をそっと床に寝かせた。
その途端、空気を切り裂く音がして背後から何かが飛んでくる。
右の手刀で素早く叩き落した。手にヒリッとした痛みを感じる。
「チィッ!」
飛んできたのは無数の棘がついた吹き矢だった。
床の上を小さな銀色の矢がカラカラと転がり、続けて甲高い笑い声が聞こえてきた。
「キャハハハ、
「ニャハハハ、カヲル姫お命ちょうだいナモリ!」
天井を見上げるとそこには、二体の化け物ならぬ二人の女子中学生が貼りついていた。
二人とも髪の毛は金色にブリーチ、褐色の肌にケバケバしいメイクをして、超ミニスカートのセーラー服に身を包んでいる。
はち切れんばかりの太腿とその上にある三角の布地が丸見えだった。
青い縞のパンツとピンクの水玉パンツ。
可愛らしいデザインだけど、胃の奥から吐き気がこみ上げてくる。
「おまえら
二人は、三年の
篠栗家は睡蓮寺のいわゆる分家というやつで、三森と七森はカヲルのいとこだ。
そして篠栗の家は件の性転換医療忍法を専門としていて、この二人もしっかりその恩恵を受けていた。
つまり目の前のケバいギャルたちは、カヲルと同じ男子中学生なのだ。
「何やってるんだ?って、カヲルちゃんが女の子になりたいってゆうからウチらが協力しに来たミモリ」
「ようやくカヲル姫がその気になってくれて嬉しいナモリ。ミモリお姉ちゃんもこないだ取ったばっかりナモリ」
「取ったって、何を取ったんだよ!」
カヲルの質問に、一見ギャルにしか見えない兄弟はポッと顔を赤らめた。
「いやん、そんなこと聞くなんて、カヲルちゃんのエッチミモリ」
「ちなみに、ナモリはまだ棒だけ残ってるナモリ」
「そんな話、聞きたくねえよ!」
「さぁ、カヲルちゃんもお手術しちゃいましょうミモリ」
「やさしくするから大丈夫ナモリ」
篠栗家の地位向上を狙ってなのか、この二人はことあるごとにカヲルに性転換を勧めてきた。
さらにいうと睡蓮寺流くのいち忍法の長老たちの中には、将来カヲルが首領の座を継ぐならば女に性転換すべき、という意見を持つ者も少なからずいた。
そのたびにカヲルは性転換なんて真っ平ごめんと断っているのだが……
「うっせぇな! 誰も女になりたいなんて言ってねぇよ! あっち行け! じゃないと子供の時みたいに兄弟揃って丸刈りにするぞ!」
カヲルが毒づくと、ミモリとナモリはぬるぬると動いて天井から着地した。
二つ歳の離れた兄弟なのに、彼らまるで双子のようにそっくりな顔をしている。
同じくらい日焼けした肌に、同じくらいド派手なつけまつげ、同じくらい真っ白い口紅。
金髪をポニーテールにしている方が姉のミモリで、ツインテールの方が妹のナモリ、だったと思うけど……
「キャハハハ、今日のウチらはいつもと違って本気ミモリ」
「ニヒヒヒ、カヲル姫を強制的に去勢手術しちゃうナモリ」
ツッコむかどうかさんざん迷った挙句、カヲルはとりあえず聞いてみた。
「なあ、おまえらどうして語尾に自分の名前をつけてるんだ? いったいどういうキャラ付けなんだ?」
しかしツッコんだのはやっぱり失敗だったらしい。
ミモリとナモリは、さも得意そうに言い放った。
「フッフッフッ、カヲルちゃん、おぬし、まんまとウチらの忍法にはまったなミモリ」
「ニッシッシッ、別にウチらは、どっちが喋っているのか皆さんにわかりやすいように語尾に名前をつけてるわけじゃないナモリ」
「どういうことだ?」
「つまり、ミモリと言っているほうがナモリで、ナモリと言っているほうがミモリかもしれないミモリ」
「どうだ、これで完全にウチらのどっちがどっちかわからなくなったナモリ」
(……こいつら、クソうぜぇ!)
カヲルは舌打ちをして叫んだ。
「おまえらのどっちがミモリでどっちがナモリかなんて心底どうでもいいよ! とにかく、とっととみんなを目覚めさせて教室から出て行け。さもないと痛い目にあわせるぞ!」
篠栗兄弟とは子供の頃から忍法修行で何度も手合わせをしている。
二人がかりで相手をしても、負けたことは一度も無かった。
しかしミモリとナモリは不気味な笑みを浮かべた。
「フフン、いつまでそんなこと言ってられるかなミモリ?」
「カヲル姫、さっきの吹き矢を手で払ったでしょ。あれにはお薬が塗ってあったナモリ」
(吹き矢に薬が?)
そう言われてみれば、手にちょっとした痛みがあった気がする。
「そろそろ効果が出てくる頃ミモリ」
「体中の筋肉が麻痺して動かせなくなっちゃうナモリ」
いつの間にか、吹き矢を払った右手の感覚が鈍くなっていた。なんだか息をするのも重く感じられる。懸命に声を絞り出した。
「おまえら、オレに何をする……つもり……だ」
身体に力が入らない。
とうとう立っていられなくなり教室の床に倒れこんだ。
床に手をついて立ち上がろうしたが、指一本すらピクリとも動かなかった。
そんなカヲルの様子を面白がるかのように、ミモリとナモリはゆっくり近づいてくる。
「だから言ってるミモリ、篠栗家に伝わる医療忍法ミモリ」
「カヲル姫をウチらみたいなイケてるギャルにしてあげるナモリ」
そう言いながら、ジャージのジッパーに手を掛ける。
「や、やめろ……そんなこと……頼んでねえ」
すると、兄弟は顔を見合わせて意味ありげに笑った。
「そうかな? たしかに直接頼まれてないけど、ウチらにはわかってるミモリ。カヲルちゃん、急に自分のことを『あたし』って言い始めたミモリ。あと、毎朝時間をかけてブラッシングするようになったミモリ」
「それだけじゃないナモリ。カヲル姫が男子だって転校生に教えようとしたクラスメイトが、みんな謎のめまいを起こして保健室送りになっているナモリ。おかげでもう誰も転校生に本当のことを言おうとしなくなったけど……全部カヲル姫のしわざナモリ」
(!?)
たしかに最近のカヲルは、男だとバレないよう身だしなみに気を使っているし、クラスメイトが余計なことを言わないよう目を光らせてもいた。
「おまえら……なんで……そんなことを」
「だってウチらはお目付け役だもん。カヲルちゃんのことならなんでも知ってるミモリ」
「カヲル姫はぁ、あの転校生のために女の子になろうとしてるナモリ」
「そ、それは……」カヲルは言葉を呑み込んだ。
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