第2話 カヲル姫は男の子、なのに、くのいち

「いやぁ、なかなか機会が無くてさ。いまさら原宿に行ったことがないなんて、どんな顔して言えばいいんだか」

「そうじゃないよ。カヲル姫が男だって話さ」

「……」


 カヲルは目をそらして口をつぐむ。

 実をいうとヨシノブの言葉通り、カヲルは正真正銘の男子だった。


 カヲルの実家の睡蓮寺家は、室町時代に端を発する睡蓮寺流くのいち忍法の宗家だ。

 くのいちとは、もちろん女性の忍者を指す。

 けれど睡蓮寺では、忍者本人が医学的に女子である必要は無いとされていた。男であっても、睡蓮寺流くのいち忍法を会得すればくのいちとして活躍することができるのだ。

 そのため現在の首領であるカヲルの母、睡蓮寺血秋(チアキ)が引退したら、一人息子のカヲルが跡を継ぐことになっていた。

 そのためにカヲルは髪を伸ばして、普段から女子と見まがうようないでたちをしている。

 その辺の事情は、山花中学に通う生徒ならみな承知していた。

 この小さな村の住人は何らかの形で睡蓮寺流くのいち忍法に関与している。おかげで、戸籍上男子であるカヲルが女子として振舞っていても誰からも咎められないし、不審がられもしなかった。


 ただ、一ヶ月前に転校してきたサクラを除いては――


「別に隠してるわけじゃないんだぜ。サクラちゃんが勝手に勘違いしてるだけっつうか。でもさ、あの子メチャクチャ男性恐怖症だし。女子にも友達いないし。オレが男って知ったら、この学校で話せるヤツがいなくなっちゃうだろ」


 急に男っぽくなるカヲルの言葉を聞いて、ヨシノブはふーんと鼻を鳴らした。


「そんなこと言ったっていずれはバレるぜ。六月になったらプール授業が始まるよな。水泳大会だってあるし」

「うっ」


 カヲルは小さく呻き声をあげた。


 山花中学では体育大会のかわりに水泳大会がある。

 ただの体育の授業ではなく、村民が集まってお祭り騒ぎになるちょっとした村の行事だった。

 ふだん病弱で体育を欠席しているサクラも見学くらいはするだろう。

 水泳大会のときは、さすがにカヲルも男の水着を着用しているから、ごまかしようがなかった。


「まあオレとしては、カヲル姫のスク水姿も見てみたい気がするけどな」


 ヨシノブがエロい視線を送ってきた。


「ふざけんな、誰がスク水なんか着るか!」


 仮にスク水を着たとしても、男だとバレるのは必至だ。

 腹立ちまぎれに二本の指でヨシノブの目を突いた。ウギャっと悲鳴を上げてヨシノブはその場にうずくまる。


「……大会までにはちゃんと話すよ」

「もういっそ告っちまえばいいんじゃねえの?」


 まるで「試験前だから勉強すれば」くらいの軽い調子のアドバイスに、カヲルは思わず噴きだした。


「な、な、な、何言い出すんだ? なんでオレが!」

「あーでも、たしかに水無川さんの男嫌いはハンパないし、男だってバラしたら玉砕決定だモンな。なら女って騙したままで告るか。あの子どう見てもそっち系だから、それならきっとうまくいくぜ。で、カミングアウトするのは恋人同士になってメロメロにしてからってのはどうだ?」

「だからなんでオレがサクラちゃんのこと好きって前提で話進めてるんだよ!……てゆうか!」


 カヲルはヨシノブの首根っこをつかんで引き寄せた。


「その話ってマジなの?」

「その話って、どの話だ?」

「だからぁ、サクラちゃんはそっち系だって話だよ!」


 言われてみれば、思い当たるフシがないわけじゃなかった。

 サクラは、二人でいると馴れ馴れしいというか、妙に距離が近い。

 女子同士の友達づきあいがどんなものかカヲルにはよくわからないけれど、ボディタッチも多いし、メールでも『いまカヲルちゃんのこと考えてたよ』とか平気で送ってくる。


 するとヨシノブは自信満々に答えた。


「ん? まあ、アマゾンからのお勧めがコミック百合姫とまんがタイムきららで埋め尽くされる百合マスターの俺が正直な感想を言わせてもらうと、水無川櫻は120%百合、しかもフェミニンな外見に反してベッドではタチになるタイプだな」


 ヨシノブの爆弾発言に、カヲルは言葉を失った。


(ガーン、やっぱりサクラちゃんはそっち? でもって、オレのことを好きだったりするとか? ちょっと待てよ。その場合、オレが男だってバレたらどうなるんだ?)


 さっそく脳内でシミュレーションをはじめた。


   *       *       *


「実は、あたし……ホントは男なんだ」


 カヲルは、サクラをみつめながら告白した。

 彼女の大きな瞳から涙がこぼれる。


「うそ……実はわたし、ずっとカヲルちゃんのことが、ライクじゃなくラブの意味で好きだったの。でも、女同士だから絶対に結ばれないって諦めてたのに……夢みたい。こっちへ来て、ステキなわたしの王子様!」

「サクラちゃん!!」


  

 これは楽観的な予測過ぎるだろう。もう一度シミュレーションし直してみる。


    *       *       *


「実は、あたし……ホントは男なんだ」


 カヲルは、サクラをみつめながら告白した。

 彼女の大きな瞳から涙がこぼれる。


「うそ……実はわたし、ずっとカヲルちゃんのことが、ライクじゃなくラブの意味で好きだったの。でも、女の子じゃなくて薄汚い男だったなんて……悪夢みたい。近寄らないで、気持ち悪いこのゴキブリ!」

「サクラちゃん!!」


    *       *       *


 なんだか、寒気がしてきた。

 別に見返りを求めていたわけじゃないけど、サクラには今までずいぶん親切にしてきて、一人の人間として友だちになったつもりだ。だから、もし本当に再シミュレーションのようなことになったらショックで立ち直れそうにない。

 青ざめるカヲルの肩に、ヨシノブが慰めるように手を置いた。


「まあまあ、そう落ち込むな。カヲル姫がその気なら本格的に性転換すりゃいいじゃん。睡蓮寺にはそれ専門の部署もあるわけだし」


 睡蓮寺流くのいち忍法は男子でも会得することができる。

 それは間違いないのだけど、やはり男子がくのいちとして働くには女子の何倍もの修行が必要だ。

 そのため古来より、男子を完全に性転換させる独自の医療忍法も発達していた。


「手術かぁ……さすがにそれはちょっと違わねえ?」

「いやいや、姫なら女になっても全然行ける。むしろ俺的にどストライクなんだけど」


 気がつくとヨシノブの鼻息が荒くなっている。

 カヲルは肩に乗った手を払いのけた。


「なんでオレがヨシノブのストライクゾーンを気にしなきゃいけないんだよ!」

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