少年くのいち忍法帖
鶏卵そば
放課後の忍術合戦
第1話 カヲルとサクラ
「あのね、カヲルちゃん」
放課後のことだ。
カヲルの前の席に座っているサクラがモジモジと話しかけてきた。
「昨日の話をお兄ちゃんにしたんだけど、ダメだって言うの」
「昨日の話?」
「二人で原宿に行こうって話だよ。忘れちゃったの?」
甘えたような、すねたような声。
「忘れてなんかないよ。ただサクラちゃん、今日一日中ずっと何か言いたそうだったでしょ。ちょっと心配してたんだけど、なんだそんなことか」
そう言いながらカヲルはサクラの頭を撫でた。
なんとも百合百合しいムードに、クラスメイトの生温かい視線が集中する。
(カヲル姫、今日も美しすなぁ。さすがは睡蓮寺家のお姫様。俺、この山花村に生まれたことを誇りに思うわ)
(睡蓮寺って室町時代から続く名家なんだろ。さもありなんだよな。見ろよ、凛とした立ち姿。あーゆー黒髪和風美人キャラってRPGに必ず一人出て来るよな)
(いやいや、サクラたんのほうが美少女だって。なんたって東京生まれの東京育ちだぞ。村の人間とはオーラが違う)
(そうそう。それに村生まれはカヲル姫だって始業式と終業式以外はジャージで授業を受けるだろ。それに引き換えサクラたんは毎日セーラー服だもんなぁ。足細っ)
(てめぇ、エロ重視か? そんなヤツがいるからサクラたんの男嫌いが治らないんだ!)
(しょうがねぇだろ、カヲル姫胸ないし!)
(そりゃ言っちゃいけないことぞ、この非村民め!)
(うっさい、鎖国厨!)
関東の山奥にあるド田舎、山花村。
そこにある全校生徒が五十人に満たない山花村立山花中学校は、カヲル派とサクラ派の真っ二つに分かれて激しい抗争を繰り広げていた。
しかし、当の二人はそんな評判なんて気にしちゃいない。
二人の友達関係は、山花中学の顔役である睡蓮寺夏折(カヲル)が、転校して来たばかりの水無川櫻(サクラ)の世話を焼いてあげたところから始まっている。必然的にカヲルが面倒見のいい姉、サクラが甘えん坊の妹ポジションに収まっていた。
頭を撫でられたサクラは気持ちよさそうに目を細め、慌ててブルブルと首を振る。
「なんだそんなことか、じゃないよぉ。カヲルちゃん昨日めっちゃテンションアガってたでしょ。お兄ちゃんのせいで行けなくなったらきっとガッカリするだろうなって、心配で夜も眠れなかったんだからぁ」
そもそものはじまりは昨日の放課後、二人で雑誌を見ていたときのことだった。
原宿にできた新しいカフェの記事を見て、カヲルがポツリと言った。
「原宿かぁ、二人で行ったら楽しいだろうねぇ」
それを聞いたサクラはすっかりその気になって、次の日曜日に二人で原宿へお出かけする計画をたてたのだ。東京に住んでいたときも原宿には行ったことがなかったそうで、自己主張の少ないサクラにしては珍しくノリノリだった。
でも、どうやら兄の許可が下りなかったらしい。
「お兄さんって、亡くなったご両親の代わりにサクラちゃんの面倒をみてくれてるんだよね。じゃあお兄さんには逆らえないか。そっか、残念ね」
「もーカヲルちゃん、そんな簡単にあきらめないでよ。わたしが絶対お兄ちゃんを説得するから。だって、すんごい楽しみにしてるんだもん」
そう言うと、サクラはプゥと頬を頬を膨らませた。
「お兄ちゃんってば『女子中学生二人で原宿なんて危ない』とか言うんだよ。ホントに子供扱いするんだから。別にそんな遠いところに行くわけじゃないのに」
「はははは、うまく電車を乗り継げたら二時間半で着くもんね」
相づちを打ちながらも、カヲルは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。
もちろん、カヲルだってサクラとお出かけしたくないわけじゃない。
「カヲルちゃんは何度も原宿に行ったことがあるから平気だよって言ったんだけど、お兄ちゃん全然聞いてくれないの」
ただちょっとだけ、見栄を張ったのだ。
田舎者だと思われたくなくて、原宿に行ったことがあるってちょっと吹かした。
もちろんまったくのウソってわけじゃない。
睡蓮寺家の用事で東京に行ったときに車で通過したことくらいはある。
それでもいつのまにか話が膨らんで、原宿は表も裏も自分の庭、みたいなカンジになっていた。
「わたしとカヲルちゃんが二人並んで歩いたら、きっと注目の的だよ。スカウトとかされちゃうかも。どうする?」
「そんなワケないでしょ。サクラちゃんは可愛いけど、あたしなんて」
「そんなワケあるって。だってこんな素敵な髪の女の子、前の学校にもいなかったもん」
そう言うとサクラはカヲルの髪に手を伸ばしかけて、「触っていい?」と聞いた。
コックリうなずくと、おずおずと腰まである黒髪に触れてくる。
家業の都合で、カヲルは生まれたときから髪を切っていなかった。もちろん、染めたこともパーマをかけたこともない。太くて黒い直毛だ。
「すごくきれい。わたしもこんなストレートが良かったな」
サクラの髪はふんわりウェーブがかかって、色は亜麻色。
別に染めているわけじゃなく天然なのだそうだ。フランス人形のようなサクラの雰囲気にバッチリ似合っていた。
「そんなことないよ。サクラちゃんの髪の方があたしは好き」
「カヲルちゃん……」
ウルウルした丸い瞳でカヲルを見つめるサクラ。
彼女はときどきこんな風に色っぽい目つきをすることがあった。聞いてみると、コンタクトがずれて目が潤むんだそうだ。
そうだとわかっていても、なんだかドキリとして頬が熱くなった。
「カヲル姫、まだ修学旅行の同意書がでてないぞ」
突然、渕上義信(フチガミヨシノブ)が声をかけてきた。
ヨシノブはカヲルの幼馴染だ。
渕上の家は代々睡蓮寺の家業を補佐しているので、物心ついた頃からずっと一緒にいる。もともと子分みたいなものだったのに、成績が良く人望も厚いヨシノブは生意気にも生徒会長に選ばれた。さらに最近身長が伸びて、カヲルより十センチも高くなった。
そのいずれもが、カヲルには不満だ。
「あー忘れてた。ヨシノブが適当に書いといてよ」
「無茶言うな。一人だけ行けなくなってもいいのかよ!」
ヨシノブは呆れ顔で怒鳴った。
声変わりした低い声に、カヲルの背中に隠れていたサクラが縮こまる。
「大きな声出さないで。サクラちゃん怖がってるでしょ」
サクラはもともと気安く人と馴れ合うほうじゃない。
けどそれに輪をかけて男性が苦手だった。転校して三か月になるのに、クラスの男子と話しているところは見たことが無い。おじいちゃんの数学教師と会話するのがやっとなくらいだ。
「あ、あの、カヲルちゃん、わたし先に帰るね。あとでLINEするから」
小さくつぶやくと、カヲルの背後を回って逃げるように教室を出て行ってしまった。
「あ、うん、じゃあまた、あたしもLINEするね!」
(あー、もう少し話したかったな)
今日は金曜日。次に会えるのは月曜日だ。
離れ離れになる恋人を見送るような切なげな表情を浮かべながら、カヲルはサクラの去った方向に手を振り続けた。ヨシノブが呆れ顔で言う。
「なんて顔してんだ、今生の分かれじゃあるまいし……ってゆうか、水無川さんにちゃんと話した方がいいんじゃないか?」
「いやぁ、なかなか機会が無くてさ。いまさら原宿に行ったことがないなんて、どんな顔して言えばいいんだか」
「――そうじゃないよ。カヲル姫が男だって話さ」
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