サンプルとしての成長記録があるならば
簡素なテーブルセットに、没個性化されたマグカップとカトラリーセット。
その中でもキラキラと輝くかのようなケーキとその上に演出を最大限に引き出すための蝋燭。
「さぁ! 伊久日? 願いを込めて吹き消してごらんなさい」
きっと願いが叶うわ。とは添えない初老の女性は、伊久日の両脇を支えながら身を乗り出す小さな背を慈しみながら見つめた。
空振りが三回続き、悔しそうに幾度目かの挑戦に大きく息を吸い込んだ伊久日。
初老の女性も励ましながら一緒になって合わせた。
「やったぁ! 伊久日、上手に消せたわね」
嬉しそうに笑みを浮かべ、伊久日を抱きしめる初老の女性と大きなことをやり遂げた自信を隠そうともしない無垢でまっさらな存在。誰もが
不貞腐れた顔を浮かべ、涙のあとも色濃く残っているままの映像があったり
満面の笑みでレンズを見つめていたり
緊張と期待を込めて支給された教育資料一式の前に立つ姿だったり
若干の憂いと反抗期の顔をしながら、すでに
進むにつれて、伊久日の胸中に宿るのは移り変わるのは人間であるということ。
明日には別の人間が、自分の中の役割を果たすために横に立っている。
考えてはいけない。
試すような言葉を言ってはいけない。
なぜなら
次は自分がそうなるからだ。
自分が
自分で
自分を
自分に
自分とは?
………
……
…
泥まみれの中、伊久日は跳ね起きるように目が覚めた。
息が荒く、そして何かに追い詰められるかのような瞳。
雨水と漂白剤を割ったモノを一気飲みし、リセットされたかのような無感情の顔で
「いったいいつになれば会えるのか」
と諳んじた。
それを見たのがいつの日だったかはすでに記憶にない。
気がつけば浸食するかのように、見かけるようになっていた。
いや、語弊がある。
ひとつ見つけると気になるようなものだった。
言葉を文字にしてあるから。
文字!
使う者も読める者も限られ、道具も限られている中での
文字!!
西向伊久日の手記 ありき かい @kai-ariki
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