「香坂邸にて」

「ちょっと暑くなってきましたね」

 車に乗り込んで、ぐに香坂潤が車の冷房をつけた。


「もしも寒かったら言ってくださいね」

 ゆっくりとハンドルを握って、香坂潤がアクセルを踏んだ。丁度、悟さんの乗る予定のタクシーが、店の前に到着したのが見える。ナイスタイミングだ。このままいけば、悟さんが到着するのと同じ時間に、香坂潤のマンションに着けるだろう。


「けど、まさか加藤さんがティーファ・オルゼとマッチングしたなんて……」

 隣に座っている春日部遥があごに手をやって言った。


「偶然……なのかしら。なんだか怖くなってくるわね」

「課長も、そう思いますか?」

「ええ……」

「なんだか、私達、見えない意思に動かされている気がします」

 むむむ……と、一瞬、目を閉じて、春日部遥は弱々しくつぶやいた。


「潤君……ここから潤君のマンションまでは、どのくらいなの?」

「大体30分くらいかなあ」

「今の内に、ハロルドさんに何を聞くか、決めない?」

「う~ん。加藤さんが来てからの方が良いと思うけど?」

 春日部遥と香坂潤は、これからの事が不安なのだろう。勿論、私だって不安だ。けれど、二人が不安そうにしているのを見て、私が落ち着かないと、と言う使命感が湧いてきた。


「二人とも、落ち着いて。私も香坂さんの意見に賛同だわ。悟さんが来てからの方が、都合が良いと思う。ハロルドから連絡があるのは、夜なんだし、香坂さんの家に着いてから色々と相談しましょう」

「分かりました」

 春日部遥がうなずいた。


 突然、バックに入っている、私のスマートフォンが震える音が、車内に響き渡った。悟さんからのメッセージだ。ロックを解除して、メッセージに目を通す。


「美咲、今、ティーファからメッセージが届いた。実は私は異世界に住んでいます、って告白だ。それと、今日、通話しませんか?と誘いが来てる」

 悟さんから送られてきたメッセージの内容を、そのまま皆に伝えた。


「通話……か。断るのは変ですし、快諾するのが良いんでしょうけど、タイミングが悪いですね。ハロルドさんとの通話のタイミングと被ると、マズいですし、今日は忙しい、って返しておくのがベターなんちゃいますかね」

「そうね」

 香坂潤の意見に賛同だ。それで良いか、皆に確認すると、そうしましょう、と春日部遥とアメリアは言った。その意見を、メッセージで悟さんに送った。


「分かった。今日は忙しいから、明日の朝にでも通話しないか?って返答で良いかな?それとも、昼とか……時間帯をどうするか、だな」

「そうね。それも香坂さんのマンションで相談しましょう」

 メッセージのやり取りを終えて、スマートフォンをバックに仕舞った。


 皆が皆、色々な事を模索もさくし始めているのだろう。車内には、冷房からの風の音しかしない。


「着きましたよ」

 予想通りの時間に、香坂潤が車をタワーマンションの前に停めて言った。


「加藤さんを待ちましょう。羽生さん、お手数掛けますが、加藤さんにメッセージを送ってもらえます?」

「分かったわ」

 悟さんに、マンションに着いた事を伝えると、悟さんから、後数分で着くよ、との返信があった。


「じゃあ、僕は駐車場に停めて来るんで、ここで待っておいてくれますか?加藤さんが到着したら、ここに居ててください」

 三人が車を降りた。車内と外気の温度差で、汗が出る。数分もせずに、予告通り、悟さんの乗ったタクシーが目の前に停まった。悟さんが、羽織っていたジャケットを脱いで、左脇に抱えて、私達の元へやってきた。


「凄いマンションだな。まさか最上階に住んでたりして」

 香坂潤の住んでいるタワーマンションを見上げて、悟さんは笑った。


「最上階デス。かなり広いデスヨ」

 アメリアは、おずおずとしながら言った。


「ええ!?香坂君は、学生だよね?」

「ハイ……お父様が、ドクターで、病院をケイエイしてるんデス」

「へえ~!」

 悟さんは、驚いた様子でタワーマンションを見上げたまま、指で何階あるのかを数え始めた。


「お待たせしました!」

 香坂潤が、足早にやってきて、頭を下げた。悟さんは、香坂潤に、このマンション、何階建てなんですか?と聞いた。


「36階です。とりあえず、暑いですし、中に入りましょう」

 香坂潤にエスコートされて、皆でエントランスに入った。エレベーターにもオートロックが付いていて、香坂潤が手に持っていた鍵をかざすと、エレベーターがやってきた。


「ちょっと家具とかで散らかってますけど」

 部屋に入って、周りを見渡す。予想通り、かなり広い。最上階だけあって、景色も抜群だ。


「潤君、こんな凄い部屋に住んでるんだ!良いなあ~」

「アメリアと結婚する……って決めた時に、オトンに強請ねだって買って貰ったんです。良い部屋でしょ?」

「アメリアの事は紹介したんだ?」

「ええ。天涯孤独、って事にしてます。戸籍とかは、アメリアの小型水晶を使って、市役所の人に催眠術的なのを掛けて……ちょっと罪悪感、ありますけど、仕方ないですね」

 春日部遥が、素敵ね、と微笑んだ。


「さて、そろそろ作戦会議といきましょうか!」

 香坂潤が、両手を叩いて、リビングに皆を案内しようとしたところで、アメリアの胸にある小型水晶が光を放った。


「!?」

 皆がアメリアに注目する。


「レベルが上がりました。LV31になりました。『香坂潤コウサカジュン』と子供を作る事が出来るようになりました」

 小型水晶から、無機質な声がした。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る