「加藤悟」



「ちょっと遠いですけど、めちゃめちゃ美味しいお好み焼き屋さんあるんで、そこまで移動しましょか」

 香坂潤が言った。


 春日部遥が、ぶんぶんと首を縦に振って、早く行きましょう!と駆け足になったのを見て、皆で笑った。この子、本当に食べ物の事になると、見境がない。


 車に乗って、30分弱。くだんのお店は、町外れの閑静な住宅街のすみにあった。店構えは和風で、見た目から高級店だと分かる。店に入って、私は驚いた。


 悟さんが居たのだ。


「悟さん!?」

「え?美咲?偶然もここまで続くと、怖くなるな」

 悟さんは1人でカウンターに座って、瓶ビールからコップにビールを注いでいるところだった。


「羽生さんのお知り合いですか?」

 香坂潤が悟さんと私を交互に見て言った。


「ええ。昔からの知り合いなの。悟さんは、大阪に出張で来てて……」

「初めまして。加藤悟です。美咲がお世話になってます」

 立ち上がって、頭を下げた悟さんを見て、香坂潤も頭を下げた。数秒後に、アメリアと春日部遥が店に入ってきた。


「あ!今朝はどうも!」

 春日部遥が悟さんに会釈えしゃくする。アメリアも春日部遥と同じ様に会釈をした。悟さんは、香坂潤に頭を下げて、よかったら一緒に食べませんか?と私達を誘った。


「羽生さん、どうしますか?」

 香坂潤の問い掛けに、私は少し迷った。本当はティーファ・オルゼの事を相談したい。


「課長、一緒に食べましょうよ!人数が多い方が美味しいですよ!」

「そ、そうね」

 私は悟さんに、是非、と言って店員さんに席を一緒に出来るかと尋ねた。店員さんは、快諾してくれて、では個室に案内させて頂きます、と言った。私達は二階にある個室へ移動する事になった。


「加藤さんは東京の方なんですよね?このお店、隠れ家的なお店なのに、よくご存知でしたね」

 香坂潤が目を見開いて言った。


「ええ。会社の知り合いが、大阪でお好み焼きを食べるなら、絶対にこのお店だ!と言うので、来てみたんです。午後からは仕事もないので、ビールなんて頼んでしまってますけど」

「僕は運転あるから飲まれへんけど、羽生さん、遥さんは飲む?」

 香坂潤の問い掛けに、私はうなずいた。春日部遥も私に続く。


「相変わらず、お酒好きなんだな」

 悟さんは、微笑んで私に言った。


「アメリアはお酒飲むの?」

 私が聞くと、アメリアは少し照れながら言った。


「私、お酒スゴク好きです。イッパイ飲みまス」

「え?そうなの?よかった。私もお酒大好きなのよ。一緒に飲みましょう」

 私は嬉しくなって、アメリアとハイタッチした。


 悟さんは、その様子を見て、大笑いした。


「美咲、変わったな。昔は、少し堅苦しい所があったけど、今はそれがなくなって、柔和な表情をするようになったな」

「そうかしら?」

 自分ではよく分からないけど、確かに最近、毎日が楽しい。


 店員さんが注文を取りに来て、瓶ビールとお好み焼き、焼きそばを注文する。春日部遥の目がぎらりと光るのを、私は見逃さなかった。この子、多分、おかわりする。


「香坂さんとアメリアさんとは、どういった関係なんだ?」

 悟さんが疑問を口にした。


「二人は元々、春日部さんの知り合いなの。大阪に旅行しようってなって、今日、初めて顔を合わしたのよ」

「そうなのか。アメリアさんは海外の方ですよね?」

 金髪きんぱつ碧眼へきがん。日本人には見えない。


「そうデス。潤の妻デス。」

「ええ!?二人は夫婦なんですね。驚いた。まだお若く見えますけど」

 悟さんは、少しオーバーリアクションで、両手を広げた。


「ええ。僕も今年、大学を卒業する身なので、一般的に見ると少し早いですね」

「羨ましいな」

 悟さんは、ビールを一口飲んで言った。


「悟さんは彼女とは、どうなの?」

 私は興味津々に聞いた。


「実は、こないだ別れたんだよ。遠距離ってのは難しいね」

「あ、まずい事聞いちゃったかしら」

「気にすんな。今、また新しく口説いてる人が居る」

「あら、手が早いのね」

「気持ちの切り替えが早いって言ってくれよ。営業気質なんだ」

 あはは、と皆で笑った。


 店員が部屋に入ってきて、注文の品を並べた。各自がコップにビールを注いで、乾杯する。


「それで、その人はどんな人なの?」

「実はさ、美咲が『マッチングアプリ』で良い人と出会ったって言ってただろ?俺も昨日、始めてみたんだよ。またまた遠距離なんだけど、手応えはあるよ」

「へえ〜!顔写真とかあるの?」

「見たいか?」

「え?見せてくれるの?」

「ああ。構わないよ」

 悟さんはスマホを取り出して、数回、指を動かして、私に恋の相手の顔写真を見せてくれた。ショートカットで眼鏡を掛けた女性。真面目そうな印象だ。


「優しくて、真面目そうなイメージね」

「ああ。送られてくる文章も、そんな感じだ」

 少し嬉しそうに、悟さんは惚気のろけた。


「私達にも見せてくださいよ〜」

 春日部遥が悟さんに言った。悟さんは、仕方ないな、と言いながらも、画面を春日部遥に向けた。


「わ!良い人そう!潤くん、アメリア、どう思う?」

 春日部遥が、悟さんに、香坂潤とアメリアにも見せましょう、と提案する。悟さんは、いいですよ、と言って、画面を二人にも向けた。


「なんだか照れるな」

 その画面を見たアメリアが、突然、ビールの入っていたグラスを、床に落とした。


「アメリア?どうしたんや?」

 顔を真っ青にしたアメリアを見て、香坂潤が心配そうに尋ねる。アメリアは、呟くように言った。


「ティーファ先生デス。加藤さんの恋の相手は……ティーファ先生デス」

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