「異世界への糸」



「この術式は、異世界と繋がる事が出来る可能性があります」


 ティーファの一言に、俺は言葉を失った。


「どういう事ですか?」

「詳しくは言えません。貴方はまだ、私の信用を得ていませんよ」


 どうするか……ここで、美咲との関係を話せば、彼女……ティーファの信用を勝ち取る事が出来るだろう。


 ギムレットが、個室に運ばれてきた。


「どうすれば、貴方の信用を得る事が出来ますか?」

「時間を掛けて、私との友好関係を築くとか、私に協力して下さるとか、色々と手段はあると思います。しかし、この事は簡単にお話出来る内容ではありません。ご期待に沿えるかどうか……」


 悩んだ末に、俺は全てを話す事にした。彼女の信頼を得て、何としても、この魔法術式の中身を知りたかった。結論を言えば、美咲に直接会う事が出来るのか……それが知りたかった。俺が、美咲との出会いから、現在の事までを話していると、ティーファの目がキラキラと、初めておもちゃ屋に来た子供の様に輝き出した。


「素晴らしい……素晴らしい!貴方は異世界人とコンタクトを取れる貴重なサンプルです!」

 ティーファは興奮して、両手の指を胸の前で組んで、神に感謝を述べた。


「私は全てを話しました。ティーファ、貴方の話を聞かせて下さい」

「分かりました」


 ギムレットを一口、口に含む様にして、少し時間を置いてから、ティーファは話を始めた。


「私の学院の生徒の1人が、異世界人とコンタクトを取った形跡があります」

「と、言うのは?」

「彼女の名前はアメリア・オルゼ。オルゼ家の一員です。つまりは、私、ティーファ・オルゼの血族である人物です。」

「簡単に言うと、貴方の親族が、異世界人とコンタクトを取った、と?」

「そういう事です。アメリアは2年前、錬金術師育成学校に入学してきた生徒で、私が担当するクラスの1人でした。因みに、ハロルド様は、オルゼ家の事は、ご存知ですか?」

「申し訳ありません。錬金術の世界の事は、秘匿とされていますし、それ程、明るくありません」

「構いませんよ。錬金術の世界には、3大勢力と呼ばれる、3つの名家があります。錬金術達の殆どは、その3つの勢力の何れかに属する事で、生業を立てています。グラス家、カミュ家、そして私の属するオルゼ家です」

「カミュ家……今の軍事大臣の家名が、『カミュ』ですが、これは関係あるのですか?」

「はい。カミュ家は、軍事系の錬金術の開発を得意とする一族で、政治との繋がりも深い。私から言わせれば、血塗られた一族ですよ」


 やれやれ……と言った風に、溜息をいて、ティーファは、ギムレットを口にした。


「錬金術は人の為にあるべき物です。それを人殺しの為に使うのは、私は、あまり好きではありません」

「軍人の前で、それを言いますか?」

「ははは……これは、失礼しました」

 ティーファは、軽く頭を下げて、続けた。


「オルゼ家は、過去には最大の勢力を誇る一族でした。その開発力は、他に類を見ない程で、斬新なアイデアで、様々な術式を生み出しました。今のインフラに使われている術式の殆どは、オルゼ家が開発した物なんですよ」

「貴方の一族が?」

「はい。そこにある水道も、街の街灯も、そして貴方も身に付けてる『小型水晶』も、オルゼ家が開発した物です」

 感嘆して、俺は自分の小型水晶に触れた。魔法を持たない人間に取って、『術式』は必須の物だし、その中でも、この『小型水晶』は高価で、富裕層しか買えない物だが、生活必需品と言っても過言ではなかった。


「アメリアは、この『魔法術式』を使って、異世界人と恋に落ちた様です。彼女の日記には、異世界人とのロマンスが、事細かに書かれてあった。私が第一発見者で良かった」

「アメリア・オルゼは、今、どうして居るのですか?」

「行方不明です。これは私の推測ですが、異世界へと旅立ったのでしょう。どう言う方法を使ったのかは、私にも分かりません」

 ティーファは、ゆっくりと首を横に振りながら言った。



「ここからは、他言無用です」

 ティーファの声が、急に低くなった。


「オルゼ家の先祖は、恐らく、異世界人です」

「どういう事ですか?」

 俺は、余りの衝撃の事実に、思わず声を大きくしてしまった。しーっ、と人差し指を唇に当てて、ティーファは続ける。


「オルゼ家の本家の地下に、一族の秘匿とされている、1冊の本があります。そこには、およそ実現不可能と考えられている、技術が描かれています。実は、オルゼ家の開発した術式の殆どは、その本からインスピレーションを受けて、作られた物なんです」

「つまり、オルゼ家の先祖は、異世界人だったと?」

「当主と、その周りの一部の人間しか知らない情報です。私は、本家の人間の1人ですが、その本を見たのは一度しかありません。しかし、その内容は、今の社会に住んでいる人間が思い付く事は不可能な物ばかりです。私が見た技術の中には、ドラゴンの様に空を飛ぶ、数百人を運べる船が描かれていました。そんな事、誰も思い付きやしない!」

 ティーファは興奮して、ギムレットを飲み干した。


「ティーファ・オルゼ。貴方の目的は、異世界の技術ですね?」

「その通りです、ハロルド様。私達の一族は、衰退の一途を辿っている。グラス家、カミュ家に対抗するには、新たな技術が必要なんです!」

「貴方に協力する事は、やぶさかではありません。この『魔法術式』を解き明かし、その全てを教えて下さると約束してくれるのなら、異世界からの技術のアイデアを、美咲から聞いても良い」

「契約成立ですね」

 ティーファは、掛けていたメガネを外して、俺に握手を求めてきた。その手を強く握り返してから、俺は気付いた。




 美咲と連絡が取れないんだった……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る