「別れの原因」


 悟さんに連れられて来たのは、クラシックな雰囲気の喫茶店だった。カウンターと、テーブル席が6つ。悟さんが、店員に、2名です、と告げると、店員はテーブル席に案内してくれた。


「悟さんは何を飲む?」

「アイスティーを」

「変わってないわね。いつもアイスティーだった」

「美咲もブラックを頼むんだろ?」

「そうね。私も変わってない」


 店員を呼んで、ブラックコーヒーとアイスティーを注文した。


「美咲は、まだ結婚してないのか?」

 チラリ、と私の左手の薬指を見て、悟さんは言った。


「ええ。恥ずかしいけど、悟さんと別れてから、1人も彼氏が出来てないのよ。悟さんは結婚は?」

「俺も、まだだよ」

 笑いながら、悟さんは左手を私に見せてきた。


「しかし、偶然だな。美咲は、あの辺に住んでいるのか?確か前は、もっと都心から離れた場所に住んでいたよな?」

「会社の近くに住みたくなって。通勤時間が短いと、幸福度が上がるって記事を読んで、思い切って引越したのよ」

「美咲らしいよ」

 悟さんは、微笑んで、懐かしむ様に、私に言った。


 店員が、注文した飲み物を持ってきてくれた。一口、口を付けて、気持ちを落ち着かせた。


「仕事は?前のままか?」

「ええ。相変わらず忙しいわ」

「そうか……」

「悟さんは?」

「最近、二店目をオープンしたよ。俺も忙しい」

「相変わらずね」

「お互いにな」

 二人して仕事の話ばかり。付き合ってた頃は、どんな話をしてたっけ?思い出せない程に、時が流れていたんだな、と思って、少し切なくなった。


「これが原因だったよな……」

 悟さんは、少しだけ辛そうにして、ささやく様に言った。


「お互いに忙しくなって、すれ違い始めて、気持ちを保てなくなって……」

「そうね」

 私も少しだけ辛くなって、返答を返した。


「あの時、プロポーズでもしてれば良かったな」

「過ぎた話よ。今、付き合ってる人は居るの?」

 私からの問いかけに、悟さんはニヤリ、と笑ってピースサインをした。


「あら!そうなんだ!良かったじゃない!」

「うん。最近、付き合い始めたんだよ。ただ、遠距離恋愛だから、頻繁に会える訳じゃない。毎日、メールしたり、電話したりしてる。距離が遠いと、お互いに、無理にでも時間を作ろうとするから、そこが良かったのかも知れないな」

「どんな人なの?」

「そうだな……兎に角、真面目だよ。少し、融通の利かない所が、玉にきずだけど、一緒に居て、とても楽しいよ」

 悟さんは嬉しそうだ。私は羨ましくなって、質問を止める事にした。


「美咲は、気になる人とか居ないのか?」

「実は最近、マッチングアプリを始めたのよ」

「へえ〜!あの美咲が、マッチングアプリ!それで、どんな感じなんだ?」

「とある男性とメッセージの遣り取りをしているわ。ただ、年下なのよね」

「年下かあ。美咲は姉御肌だから、年下受けが良さそうだな」

「6歳も離れているのよ。年の離れた弟みたい。でも、情熱的で真っ直ぐな人。私も、段々と、気持ちが入ってきてる」

「楽しそうだな」

「そうね。最近、毎日が楽しい」

 悟さんは、グラスにストローを差し込んで、アイスティーを飲み始めた。


「スマホ、直ると良いな」

「そうね。今日は本当にありがとう。悟さんが居なかったら、どうしようもなかったわ」

「明日の仕事のデータか……パソコンじゃなくて、スマホに入れてるんだな」

 悟さんからの突っ込みに、少し動揺しながら、私は答えた。


「パソコンには元のデータが入っているんだけど、プレゼン用に加工したデータや、部下からの修正案は、スマホに入れてるの。本当はコンプライアンス違反なんだけど、そっちの方が便利で」

「確かにスマホって、便利だよなあ。パソコンだと、立ちあげるのにすら時間が掛かるし、簡単な作業をするなら、スマホの方が良いのかも知れないな」

 なんとか誤魔化せた。


「俺達が子供の頃は、こんな便利な物はなかったよな。今の子供達や、学生達は、これが当たり前の文化なんだろ?信じられないよ」

「私の上司の娘さん、小学生なんだけど、もうスマホを持っているらしいわ」

「ええ!?小学生で、スマホを持つ時代なのかあ!」

 悟さんは驚いて、目を見開いた。





 暫く、他愛のない雑談を続けた。お互いの近況報告が終わった後は、共通の知り合いの話や、付き合ってた頃の思い出話に花を咲かせた。


 あっという間に時間が過ぎて、1時間程経った。


「そろそろ行こうか。多分、修理は終わってると思う」

「そうね……」

 二人で席を立って、会計を済ませた。ご馳走様、と悟さんが言って、ドアを開けて外で待っていてくれた。


 地下フロアに移動した。自分の心臓の音が聞こえる。不安感がぬぐえない。「イチゴイチエ」のデータは、無事だろうか?


 不安感を感じた事が、ハロルドへの気持ちを再認識させた。まだ出会って1ヶ月も経っていないけれど、私はハロルドの事が好きなんだな、と思った。けれど、相手は異世界人だ。プラトニックな関係を、永遠に続ける事になるのだろうか。


 店に着いた。店員の若い男性が、私達を待っていた。


「どうでした?データは無事ですか?」

 私の問いかけに、店員は首を縦に振った。


「完璧に復旧できましたよ」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「一応、ご確認頂けますか?」

 店員が、店の奥から、私のスマホを持ってきて、カウンターの上に置いた。


「充電もしてあるので、後は電源を入れるだけです」


 ドキドキしながら、電源ボタンを長押しした。画面の中央に、メーカーのシンボルマークが光って、数秒でスマホが立ち上がった。


「あ!電源が入りました」

「データは、どうでしょうか?」


 私は、直ぐにスマホを操作して、「イチゴイチエ」をタップした。アプリがローディング画面に変わって、無事に起動した。


 ハロルドから、数件のメッセージが届いている。中身を確認すると、私からの返信がない事を心配している様だった。


 返事を返そうと、返信ボタンを押した。すると、アプリから警告音が鳴った。


『アプリのデータ復元の為、24時間、時間が必要です。これは、アプリ損傷、データ移行、アップデート等の際に必要です。ご迷惑をお掛けしますが、暫くお待ちください』


 良かった。24時間、時間は必要だけど、アプリのデータは無事だ。しかも、もし今度、スマホを壊したり、買い替えたりしても、24時間待てば、ハロルドとの縁は切れない。


 安心の余り、涙目になった私を見て、悟さんが話し掛けてきた。


「無事だったみたいだな」

「ええ。本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」

「じゃあ、今度、お礼をしてくれよ」

「お礼?」

「飯、奢ってくれ」

 悟さんは、満面の笑みで、私に言った。



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