「大雨」
仕事を終えて、最寄り駅から帰宅する途中に、突然の大雨に見舞われた。傘を買うために、コンビニまで走る。履いているパンプスの中にまで、雨水が入ってきて、気持ち悪い。コンビニまでは、信号2つと言った所。私は鞄を頭の上に
信号が青に変わって、小走りで横断歩道を渡った。すると、タクシーが急に左折してきて、
やってしまった!と、直ぐにスマホを拾い上げた。電源が落ちている。冷や汗が止まらない。文句を言おうと、タクシーの運転手を
どうしよう……故障したかも知れない。
普段なら、弱り目に祟り目だ、と自分を慰めて、直ぐに携帯ショップに駆け込むのだが、『イチゴイチエ』の事が気になった。スマホを新しくした場合、ハロルドとの縁は切れてしまうのだろうか?どうすれば良いんだろう?
コンビニに駆け込んで、鞄からハンカチを取り出した。そして、スマホの画面を拭く。電源ボタンを長押しして、祈る様に電源が入るのを待った。
しかし、無情にも、スマホの画面は真っ暗なまま、何も応えてくれなかった。
泣きそうになりながら、コンビニで傘を買った。携帯ショップは、まだ開いている時間だ。私はスマホを鞄の中に仕舞って、修理して貰う為に、携帯ショップに向かった。
徒歩2分。繁華街の片隅。
「いらっしゃいませ、番号札をお取りになって、暫くお待ちください」
店員にテンプレートの発言をされて、イライラしながらも、私は素直に従った。待ち時間を見ると、15分となっている。椅子に座っていると、不安が襲いかかってきて、体が震えてきた。
少しの間、待っていると、自動ドアが開く音がした。この時間でも、来客は多いんだな、と思って、何の気なしにドアの方を見た。
入ってきたのは30代の男性。その姿を見て、私は驚きの余り、椅子から立ち上がった。
「
「美咲?」
店に入ってきたのは、数年前まで私が付き合っていた男性だった。
「偶然だな!元気してたのか?」
「悟さんこそ」
「機種変か何かか?」
「いえ……雨でスマホを落としてしまって、電源が入らなくなってしまったの」
悟さんは、私の言葉を聞いて、隣の席に座った。
「大事なデータでも入っているのか?深刻そうな顔してるぞ」
なんて誤魔化そうか。
「ええ……実は、明日、仕事で使う資料やメールが入ってて、とても困っているの」
「携帯ショップで修理に出すと、二、三日掛かるぞ」
「そうなの?」
「メーカーに送らないといけないからな。もし美咲が嫌でなければ、協力するけど」
「どういう事?」
悟さんの発言に、私は救いを求めた。
「最近、新しく、スマホの修理ショップの経営を始めたんだ。水没や画面割れを、データは、そのままに修理出来るよ。1時間くらいで直る事が多いかな」
「本当に?是非、お願いしたいわ!」
「分かった。じゃあ、俺の車で店まで行こう」
「悟さんは、ここに用事があったんじゃないの?」
私からの疑問に、悟さんは首を横に振った。
「新機種に変えたかったんだけど、別に急用じゃない。後日、また来るよ」
悟さんは、ポケットから車のキーを取り出して、クルクルと指で回し始めた。
「車で10分くらいだから、直ぐに着くよ」
「本当にありがとう。じゃあ、お願いします」
「オッケー!」
店から出て、コインパーキングに停めてある、悟さんの白いSUVに乗った。助手席に座って、シートベルトを締める。新車の匂いがした。
「雨で濡れて、冷えてないか?もし冷えてるなら、暖房付けるけど」
「もう初夏よ。平気」
昔と変わってない。優しくて素敵な人。
車に揺られて、10分強でショッピングモールに着いた。
「このショッピングモールの地下フロアにあるんだ」
雨で濡れない様に、少し遠回りして、屋根のある駐車場に車を停めてくれた。悟さんは、ゆっくりと、エンジンを切った。
私は、助手席のドアを開けて、駐車場を見渡した。そろそろ閉館時間なのだろうか?閑散としている。
「ねえ、悟さん。お店は何時までなの?」
「あー、本当は後、30分で閉める予定なんだけど、美咲の頼みだ。なんとかするよ」
少し
「ありがとう。本当に、本当に、ありがとう」
「いいよ、この位」
悟さんに連れられて、地下フロアに入った。大きなフロアの、100円ショップの向かい側に、修理ショップはあった。
よお、お疲れ様、と右手を挙げて、悟さんが入店する。2人の若い男性店員が、お疲れ様です、と頭を下げた。
「急な用事で申し訳ないんだけど、彼女のスマホの修理頼めるかな?残業代は出すから」
「いいですよ。加藤さんにはお世話になってるし」
店員は満面の笑みで答えた。
私はドキドキしながら、自分のスマホを店員に見せた。本当に直るのだろうか?そして、もし直ったとして、『イチゴイチエ』は、どうなるのだろうか?
「あー、水没したんすね。この機種なら、部材もあるんで、1時間弱で直りますよ」
店員は心強い発言をしてくれた。
「あの……実は中にあるデータが大事でして」
「データかあ。保証は出来ないっすけど、最善を尽くします」
「よろしくお願いします!」
店員は、どの様に修理するか、もし壊れても責任は取れないが、構わないか?と言った説明をして、契約書にサインを求めてきた。
契約書の中身を斜め読みして、サインをした。
「先ずは電源が入る様にして、その後、データを吸い出します。では、お預かりします」
店員が店の奥に引っ込んで、修理を始めた。
「なあ、美咲。良かったら、お茶でもしないか?待っている間、暇だろう?」
悟さんが、不安そうにしてる私に話し掛けてくれた。
「そうね……ご馳走させてくれる?」
「分かった。じゃあ、ご馳走になろうかな」
私は悟さんの後に付いて、ショッピングモールの2階にある喫茶店へ向かった。
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