「術式屋」
魔法を使える人間は極小数だ。俺は魔法を使えない。この世界の『魔法』と言う概念は、少し複雑だ。『魔力』は誰でも持っているが、『魔力回路』を頭の中で構築出来る人間は少ない。
どう言う事か、ライターで例えよう。
ライターの中にあるオイルは誰でも持っているが、着火する装置は限られた人間しか持っていない、と言うイメージだ。オイルは『魔力』で、着火装置は『魔力回路』と言う風に例えると分かりやすい。
小型水晶などの魔道具は、『魔力回路』の構築を予めしてある物で、そこに魔力を流す事で、『魔法』が発動する。
特に何種類もの『魔力回路』をメモリの分だけ設定出来る『小型水晶』は、一般庶民では手が出ない。『魔道具』に『魔力回路』を埋め込み、魔法を発生させる事を『術式』と呼ぶ。『術式屋』は小型水晶に『魔力回路』を設定する店で、小型水晶に設定された、もう使わない『魔力回路』の解除等も行う。『魔力回路』が解除されると、余ったメモリ分だけ、新たに『魔力回路』を設定出来る様になる。
『小型水晶』に、どんな『魔力回路』を埋め込むかは、個人個人の好みが出る。また、『小型水晶』の質によって、メモリの量も違ってくる。
つまりは、『術式』は『魔法』と違って、誰でも使えるが、自由度は低いと言った欠点がある訳だ。
俺はカーネスが帰った後、術式屋に向かった。来週、ラステリユとの合同軍事演習が、お互いの国境、『ソクラタン高原』で行われる。魔石採掘場の近くに住んでいる、モンスターの駆逐が目的だ。その時に必要な術式を設定するのだ。俺の小型水晶には、戦闘用の術式は多く設定してあるが、合同軍事演習は泊まりがけで行われる。火を起こす術式や、夜を過ごす為に必要な、光の術式が必要だった。
術式屋に着いて、ドアを開けると先客が居た。ショートヘアで、メガネを掛けた学者の様な若い女性だった。20代前半だろう。椅子に座って、術式屋のカタログを見ながら、対面している店員と話をしている。
「あの、この『出会いを与える魔法術式』と言うのを購入しようかと思ってて……」
店員は一人。順番を待つ振りをして、俺は女性の話に聞き耳を立てた。
「この術式は、今、アルトリアで大流行りですよ。かなりの人数の方が購入されていて、皆さんの満足度も高いです。オススメです」
「いえ、出会いを求めるのではなくて、『魔力回路』に興味がありまして……」
「と、仰いますと?」
「申し遅れました。私、ティーファ・オルゼと申します。『魔道具作成』を
「ああ、『錬金術師』の方ですか。錬金術師の方には、初めてお目にかかりました」
『錬金術師』は、魔道具を作成する事を専門とした、とても珍しい職業だ。俺は耳を大きくした。
「この術式の作者は、誰か分からないんですよね?」
「そうなんですよ。術式が水晶に入れられて送られてくるんです。購入代金の振込先の銀行口座も、口座番号だけで、名前は分かりません。銀行員に尋ねても、『こちらのお客様はVIPです。名前は公開しておりません』の一点張りで……」
ティーファと名乗った錬金術師は、メガネをクイっと上げて、ふんふん、と頭を縦に振った。
「製作者から送られてきた水晶を購入する事は出来ますか?」
「それは出来かねます。うちはあくまで術式屋なので、水晶から取り出した術式しか売れません」
「そうですか……では、この小型水晶に、その術式を設定して下さい」
「お買い上げ、ありがとうございます」
術式屋は、奥の棚から大きめのゴツゴツした水晶を取り出して、カウンターの上に置いた。
「では、よろしくお願いします」
錬金術師は、胸元に下げていた小型水晶を、店員に手渡した。
錬金術師……いや、ティーファか。この女性は、この『出会いを与える術式』の『魔力回路』を解析する気なのだろうか。俺はティーファに話し掛ける事にした。
「こんばんは。私、『獅子王軍』で団長をしているハロルド・ライオンハートと申します」
「あ、こんばんは」
ティーファは振り返って、俺を見て頭を下げた。
「私はティーファ・オルゼと申します。アルトリアの錬金術師育成学校で講師をしています」
講師……これは期待出来る。ひょっとしたら、『魔力回路』の中身が分かって、俺と美咲が何故出会ったのか、『レベル』とは何なのか、と言った情報が分かるかも知れない。
「実は私も、この術式を購入した者なのですが、術式に込められた魔力回路に興味がありまして……もしお時間がございましたら、少しお話しませんか?」
「この術式の魔力回路に、ご興味が?」
「ええ……使っている内に、どう言う仕組みか、気になりまして」
「分かりました。今日は時間がありませんが、来週の祝日なら講義が休みなので、それでも宜しければ」
「是非、よろしくお願いします」
俺は自分の小型水晶を取り出して、『思念通話』の術式を展開した。
「連絡先を交換させて下さい」
「喜んで。今、術式を埋め込んでいるところなので、少し待って頂けますか」
「はい」
術式屋は俺達の会話を聞いて、術式の設定の手を早めた。
「ハロルド様は、術式を使用して長いんですか?」
「いえ……2週間も経っていません」
「何故、この術式に興味が?」
なんて答えよう……美咲の事は言えない。
「出会った女性との距離が遠くて、どう言う基準でマッチングされているのか、今後の使い方の為に知りたくて」
「なるほど」
10分程して、ティーファの小型水晶に、術式が設定された。
「連絡先を交換しましょう」
店員から受け取った小型水晶を直ぐに起動して、ティーファは『思念通話』の術式を展開した。
お互いに、術式に登録されてある自分のアドレスを交換して、確認の為にメッセージを送った。
「確認しました、ハロルド・ライオンハート様。では、後日。失礼します」
ティーファが店を出るのを見送って、俺は店員に、今度の軍事演習で必要な術式の設定を頼んだ。
ティーファ・オルゼ。彼女はどうして、この術式に興味を持ったんだろうか。俺は、その疑問を胸の中で
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