「相談」
「ハロルド、最近楽しそうだな」
その日は休日だった。親友のカーネスが家に訪ねてきて、一緒にキリエが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、カーネスはニヤニヤしながら俺に言った。
「そうか?」
「ああ、俺には分かる。女が出来ただろう?」
「そんな訳ないだろう」
内心、焦ったが、平静を装って、表向きは普段通り落ち着いている振りをした。
「ところで」
俺は話題を変える事にした。
「お前に勧められて始めた、『出会いを与える魔法術式』なんだが……」
「ああ!あれは良い物だろう?」
カーネスは椅子から立ち上がって、顔を俺の近くに寄せて、大きな声で言った。
「そうだな……割と楽しいな」
「なるほど。それが原因で、最近楽しそうなのか」
「そうかも知れないな」
俺はヒヤヒヤしながら、カーネスに尋ねた。
「お前はどんな感じだ?」
「前に言った通りだよ。近くに住む、メイドと出会った。小型水晶は高価だから、普通の水晶を使ってる様だな。
カーネスは
「どんな女性なんだ?」
「兎に角、優しいな。俺の顔を見ても怖がらないし、家庭的で話していて楽しい。仕事は大変そうだが、夜は必ずメッセージをくれる。そこが、また
「ゾッコンだな」
ははは、と笑って、カーネスは惚気だした。
一通り惚気話を聞いて、本題に入る。
「なあ、そのメイドとやらと出会うまでには、何人かとマッチングしたのか?」
「3人程かな……しかし、どいつとも上手くいかんかった」
「その3人って言うのは近くに住んでいるのか?」
「1人は近かったぞ。商家の娘だった。後の2人はラステリユの人間だったな」
ラステリユ……数年前まで俺達の住むアルトリアと戦争をしていた隣国。貿易が盛んな国で、豊富な地下資源がある。魔力の
国の境目にある魔石の採掘場を巡っての戦争だったが、お互いに譲歩して、採掘権を両国が所有する事になった。
俺の愛用の、この小型水晶も、そこで採れた魔石を材料にしている。良質な魔石で、値段は俺の給料の半年分だ。
「ラステリユか……そこまで遠くはないな」
少なくとも異世界と言う事はなさそうだ。俺と美咲程の距離ではない。
「まあ、船で一日と言ったところか。しかし、やはり距離と言うのは大事だと思うぞ」
「確かにな」
俺はカーネスの意見に賛同して、質問を続けた。
「基本的に、この術式は近くの人間とマッチングする様になっているのか?」
「ああ……ただ、『相性』の方を優先するから、術式が『距離』よりも『相性』で選ぶ事はあるそうだ。なんだ?遠くの女とマッチングしたのか?」
「あー……まあ、そんな感じだ」
「何処の国だ?」
「まあ、それは良いじゃないか。聞きたいのは、術式についてだ」
「ふーん」
カーネスは不満そうにしたが、椅子に座り直して、紅茶を口にした。
「この魔法術式には、まだまだ分からない事が多くてな。誰が開発したのか、どう言う仕組みでマッチングするのか、術式を発動する魔道具に込められた魔力回路は、どう言った物なのか……段々と解明されてきてはいるんだが」
「そうなのか……しかし、俺がこの術式を水晶に登録した術式屋は、何も言ってこなかったがな」
「術式屋は、開発された術式を売って、中間マージンを取るだけの店だからな。誰が開発したかとか、どう言う中身なのかには、興味が無いんだろう」
カーネスは懐からメモ用紙を取り出した。
「これは酒場で得た、術式の情報なんだが」
「見せてくれ」
カーネスからメモ用紙を受け取って、素早く目を通した。
①一度に出会える異性は一人。マッチングを解消すると、別の異性と出会える
②術式が感知した使用者の魂の情報から、相性の良い異性を検索する
③『相性』『距離』『年齢』の順に優先度が設定されている
④意中の相手と結ばれると、術式は自然に消去される
「結構、詳しく情報が載っているな」
「これは術式を解析した結果ではなくて、術式の使用者同士が、情報を交換し合って、恐らく、こうじゃないか?と言った憶測だから、正確な情報ではないがな。だが、俺は信頼してる。実際に使用してみて、当て
「最後の、『意中の相手と結ばれると消去される……』ってのが気になるな」
「これは実際に使った人物が言ってた情報だ」
「『結ばれる』ってのは、肉体関係の事か?」
「いや……その辺は曖昧みたいだな」
カーネスは紅茶をグイっと飲み干して、頭を掻きながら俺に言った。
「キリエは、この術式の事は知っているのか?」
「言える訳がないだろう。バレたら殺される」
「ははは!間違いないな!」
カーネスは机の上の茶菓子に手を伸ばした。
「キリエもなあ、器量は良いんだが、あの性格な上にブラコンだからな」
「そうなんだよ……この間の見合いも、上手くいかなかったしな」
「今度はどんな風に断ったんだ?」
「『私は、林檎も握り潰せない様な軟弱な男の嫁にはなりたくありません』だとさ……。あいつの婿になる男は、オーガみたいに屈強で、学者並に頭が良くて、吟遊詩人より顔の良い男でなくてはいけないらしい」
「暫く結婚は出来そうにないな」
俺は頭を抱えて、カーネスに言った。
「お前がキリエと結婚してくれれば、俺は嬉しいんだが」
「残念だったな。俺は今はメイドに夢中だ」
カーネスは言い切って、首にぶら下げている小型水晶を起動させた。時計の術式だ。
「何か予定があるのか?」
「今日、
コンコン……と俺の部屋のドアがノックされた。
「ハロルドお兄様、カーネス様、お茶のおかわりは如何ですか?」
キリエが銀のトレイにティーポットを乗せて、部屋に入ってきた。
俺達は目配せして、話題を終わらせた。
異世界人との出会い、レベルアップ、まだまだ分からない事だらけだ。俺は、キリエが新しく淹れてくれたお茶を口にして、頭の中で情報を整理した。
今晩も美咲と通話しよう。俺はキリエに感謝を伝えて、カーネスと別の話題について話し始めた。
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