「掲示板にて」


 私が使っているマッチングアプリの名前は『イチゴイチエ』だ。他に使っている人は異世界人とマッチングするなんて事があるんだろうか?


 私は夕食後、気になって寝室にあるノートパソコンの電源を入れた。


 早速、『イチゴイチエ』で検索してみる。


 そこには公式ページや、レビュー、ブログと言った検索結果が出ていた。実際に使って、結婚に至ったカップルのインタビュー記事なども載っている。


 どのページを見ても、異世界人の話など載っていない。そりゃそうだよね。私は少し落胆しながら、検索ページをスクロールした。


 大手匿名掲示板のページが出てきて、何気なくクリックした。そこには、マッチングアプリで出会った異性との生々しい話が載っていた。一晩の関係で終わった、と言う話や、ストーキングに合ったと言う話などもあった。興味が出てきて、マジマジと書き込みの多いスレッドを読み始めた。そして、マッチングアプリ掲示板の、とある書き込みを見て、私は驚愕した。




『理想の人に出会いました。彼は、この世界の人間ではありませんでした』




 私以外に異世界人と出会った人が居るのだろうか?その後の書き込みで、コイツは頭がおかしい、ネタにしては笑えないなどの返信があって、書き込みは埋もれていった。ハンドルネームは『おむらいす』だ。私は、急いで彼女の他の書き込みを検索した。


 自己紹介のスレッドがあった。そこで『おむらいす』は、自分のブログのURLを紹介していた。直ぐにクリックして、ブログのページに飛ぶ。


『異世界へ遠距離恋愛中♡』と言うブログだった。私はブログにエントリーしてる、一番古い記事から読み始めた。彼女は学生の頃は多くの恋愛をしてきたが、就職してから出会いがなく、とあるマッチングアプリに登録して、異世界人とマッチングした、と書いていた。


 詳細は書いていなかった。しかし、異世界人とのメッセージのやり取りがリアルで、ブログのコメント欄には「応援してます!」と言った書き込みや、「妄想やめろ」と言った誹謗中傷もあった。


 更新は2年前で止まっている。


 私は彼女と連絡を取ってみたくなった。ブログには、彼女のフリーメールのアドレスが載っている。


「おむらいすさん、初めまして。私は『イチゴイチエ』と言うマッチングアプリを使って、異世界人とマッチングしました。詳しくお話が聞きたいので、お返事を頂けると幸いです」


 メールの送信ボタンを押して、深く溜息をいた。返信があればいいのだが。そもそも彼女の話は空想かも知れない。あまり期待しない方が良いだろう。


 私は興奮して眠れそうになかったが、明日の仕事とハロルドとの通話の為にベットに横たわった。無理矢理、まぶたを閉じる。羊でも数えよう。私の意識は少しずつ澱み始めた。







 朝になった。7時にセットしていたアラームより早く目が覚めた。上半身を起こして、軽く伸びをする。起き上がって、部屋の窓を開けた。そろそろ夏になる。初夏の空気はとても清々しい。取り敢えず、シャワーを浴びよう。私は寝ぼけまなこのまま、風呂場に向かった。


 熱いシャワーを浴びると、目が冴えてきた。少し寝不足だが、体力には自信がある。大丈夫だ。風呂から上がって、スマホの電源を入れた。ハロルドにメッセージを送る。


「おはよう、ハロルド。今から朝食を取ります。8時になったら、こちらから電話を掛けてもいいかしら?」


 直ぐにメッセージが返ってきた。


「美咲さん、おはようございます。私は朝食を終えて、自室で書類の整理をしています。お電話お待ちしてます」


 ハロルドからのメッセージを読んで、朝食の準備に取り掛かった。料理は得意ではない。鍋に水を注いで、ソーセージを茹でて、スクランブルエッグを作る為に、フライパンを温めた。


 スマホが鳴った。


 ハロルドからだろうと思って、スマホの画面を見るとフリーメールのメールボックスに通知が来ている。


 まさか……と思って、タップする。





『おむらいす』からの返信だった。


「おはようございます。私と同じ様に異世界人と出会ったんですね。貴方の他に、もう一人、異世界人と出会ったと言う男性が居ます。今度、三人で会いませんか?」


 私は料理の手を止めて、返信した。


「返信ありがとうございます。是非、会いたいです」


 異世界人と出会ったと言う『おむらいす』、そして、もう一人、男性が居る。その事が、私の不安を少し和らげた。


 料理を仕上げて、机の上に置いた。ゆっくり咀嚼そしゃくしながら、今後の事を考えた。この事はハロルドに伝えるべきだろうか?まだ真実だとは限らない。ハロルドに伝えるのは、真実かどうか、判断してからでも遅くない筈だ。




 8時になった。


 ハロルドへの通話ボタンを押す。


「美咲さん、おはようございます!」

「ハロルド、おはよう」

「あの、昨日の問いかけなんですけど……」

「え、ええ……」


 ハロルドは一拍置いて、話を続けた。


「私はお酒に弱くて、飲むと陽気になるらしいです」

「らしい?」

「あの……恥ずかしい話なんですけど、記憶を無くす事が多くて」


 可愛い。


「好きなお酒はワインです。甘めなのが好みです。それと……」


 ハロルドは、また一拍置いた。


「お酒を飲む女性は好きです。と言うより、明るく食事を取る女性が好きです」

「そう、良かった。私はとてもお酒が好きなの。ハロルドが苦手ならどうしようかと思ったわ」

「それで、あの、美咲さん」


 ハロルドは言いにくそうに続けた。


「私の問いかけに答えて下さい」


 来た……どう答えるのが正解なんだろう?昨日、一日考えていたけど、答えは見つからなかった。ここはストレートに伝えるのが正解か?


「ハロルドの印象はとても良いです。話すのもメッセージを送るのも、実はとてもウキウキしてます。ハロルドの事が好きです」


 ハロルドは押し黙ってしまった。


「ハロルド?聞こえてる?」

「はい……聞こえてます。嬉しくて、言葉が出てきませんでした」

「それは嬉しいわ。ハロルドの私の印象はどう?」

「私は美咲さんに夢中ですよ。いつも美咲さんの事を考えてます」


 恥ずかしい。今度は私が押し黙った。


「美咲さん?聞こえてますか?」

「ちょっと恥ずかしくて。ハロルドはいつもストレートに物を言うわね」

「変な駆け引きが出来ないたちです。嫌ですか?」

 少し拗ねた様にハロルドは言った。


「いいえ。とても嬉しい」


 通話の時間制限が迫っていた。


「そろそろ時間ですね。通話をする度に、どんどん寂しくなります。不思議ですね」

「今日の夜も通話しましょうね」

「是非!」


 時間になって、通話が切れた。











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