「羽生美咲」



 私の名前は羽生はにゅう美咲みさき。美しく咲く、と言う字面の割にはパッとしない顔をしている。32歳。自分で言うのも何だが、外資系企業に勤めるバリバリのキャリアウーマンだ。同期の中では出世頭。つい先月、管理職になった。年収は1000万に届かないくらい。生活には何の苦労もしていない。


 ただ、ここ数年、恋人は居ない。


 これが結構コンプレックスで、男に興味なんてありませんよ、仕事こそ人生です、みたいな顔をして毎日パソコンのキーボードを叩き、外回りに行っているけれど、本当はとても寂しい。


 あまりに寂しいので、数日前、帰りの電車の中で見かけた吊り広告を見て、マッチングアプリを始めてみた。





 そこで、ドラゴン乗りが趣味の異世界人と知り合った。





 何を言っているのか自分でも分からないし、とても混乱しているけれど、兎に角、異世界人とマッチングした。金髪碧眼の美青年。名前はハロルド。とても情熱的な人で、マメにメッセージを送ってくれる。


 私は1時間に1回の休憩時間が近づくとソワソワし始めて、チャイムが鳴るなり私用のスマホの電源を入れてメッセージを確認する様になった。完全に浮かれているのが自分でも分かる。


「美咲さん、私の今日のランチはパエリアでした。美咲さんのランチは何ですか?」

 画像には魚介類たっぷりのパエリアらしき物が写されていたが、米の色が独特で、青い色をしていた。多分、本当は「パエリア」と言う名前ではないのだろうが、このマッチングアプリが無理矢理翻訳してくれているのだろう。たまに翻訳が難しい言葉が出てくると、メッセージの文面がおかしな事になっているので、想像力が必要になってくる。


「こんにちは、ハロルド。私は会社の中にある食堂で食べます。後で画像を送りますね」

 メッセージを返して、財布を脇に抱えて食堂に向かった。





 昼休憩で、社員食堂は人でごった返していたが、それほど待つ事なく注文できた。今日は塩豚うどんにしよう。注文を伝えて、数分で料理が運ばれてくる。薬味に生姜、トッピングに天かすと胡麻を掛けて、割り箸を割り、口を付けようとした所で、慌ててスマホを取り出す。




 写真、撮らないと!




 私は写真を何度か取り直して、一番美味しそうに見える写真を吟味して、ハロルドに送った。


「課長、うどんの写真なんて撮ってどうしたんですか?」

 隣に座っていた部下の春日部かすかべはるかが、不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「あー、ちょっと美味しそうだな、と思って」

「そうですか?いつもと一緒だと思いますけど……」

 誤魔化す様に言った私に、春日部遥は、ツッコミを入れた。


「課長が食事の写真なんて撮ってるの、初めて見ました。もっとインスタ映えする写真撮りましょうよ。今度、近くのイタリアンに行きませんか?」

「また私に奢って貰うつもりでしょ?」

 バレたか〜!と言いながら、春日部遥は運ばれてきたオムライスに、スプーンを差し込んだ。


 春日部遥。入社4年目だったかな。とても可愛らしい顔をしている。愛嬌もあって、男性社員からの人気も高い。恋愛経験も豊富そうだ。しかも芯がしっかりしていて、仕事も良く出来る。私の部下の中でも華のある女性だ。


「私、ウチの会社の福利厚生だと、この社員食堂が一番凄いと思うんですよ」

 春日部遥は口を大きく開けて、オムライスを頬張った。


 ウチの会社の福利厚生は確かに凄い。家賃補助は七割だし、家族手当や資格取得に対するケアも万全だ。


「だって、この美味しいオムライス、300円ですよ?有り得ませんよ。自炊するより安いですもん。私、死ぬまでここで働きます」

「春日部さん、本当に食べ物に弱いわね」

「あーあぁ。甘い物も食べたくなってきました」

 春日部遥はガツガツとオムライスを食べ始めた。早食いだ。営業気質なんだろう。食事を早く終わらせるのは、出来る営業の一つの条件だ。


 ピロン、とスマホが鳴った。確認すると、ハロルドからメッセージが届いている。早速、返信してくれたのか。嬉しくなって、メッセージを開いた。


「うどん、という麺料理は初めて見ました。美味しそうですね。いつか食べてみたいです。これから少し外出するので、夕方までメッセージが送れません。また、夕方に」

 頬が緩んだ。それを見て、春日部遥は、すかさずにまたツッコミを入れた。


「課長、嬉しそうですね」

「え?そう?仲の良い従妹からメールが来たのよ」

 下手な詮索をされては困る。私はスマホをひっくり返して、うどんを口にした。


 ブブッとスマホが揺れた。あれ?夕方までメッセージは届かない筈だ。何か他の通知かな?と思って、スマホを表向きにした。マッチングアプリに赤いマークが付いていて、メッセージではない通知が来ている。


 タップすると、公式サイトからだった。


「ハロルドさんとの親密度が上がりました。LV2になりました。通話の回数が『1日2回』一度に通話出来る時間が『15分』に増えました」










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