「ハロルド・ライオンハート」



 俺の名前はハロルド・ライオンハート。26歳。軍事国家アルトリアの「獅子王軍」で騎士団長をしている。趣味はドラゴン乗り。自分で言うのも何だが、エリートだ。同期の中では出世頭。つい先月、騎士団長になった。生活には何の苦労もしていない。


 ただ、ここ数年、恋人は居ない。


 男社会の軍隊で、全くと言って良い程に出会いがない。首から下げている魔道具の小型水晶に、巷で話題の「出会いを与える魔法術式」を組み込んだのは、一時の気の迷いだった。こんなもので出会う女性なんて、暇を持て余した有閑マダムくらいだろう。直ぐに術式を消そうとも思ったが、それなりの金額が掛かったし、物は試しだと思って起動してみた。




 そこで、異世界人の女性と知り合った。





 何を言っているのか自分でも分からないし、とても混乱しているけれど、兎に角、異世界人とマッチングした。黒髪に黒い瞳の女性。名前は美咲。とても知的で思慮深い人で、俺のタイプだ。


 歳上特有の余裕があって、毎日の様にメッセージを送っているが、中々落ちてくれない。そこがまた、俺の心をくすぐる。


 訓練を終えて、兵舎で昼食を取っている時も、美咲の事ばかり考えてしまう。


「団長、最近楽しそうですね。何か良い事でもあったんですか?」

 部下のトーマスが話し掛けてきた。こいつ、勘が良いんだよな。バレないように、咳払いをして、俺は首を振った。


「特に良い事があった訳じゃない。最近は気候が良いから、ドラゴン乗りが楽しくてさ」

「団長、ドラゴンじゃなくて、女に乗りましょうよ。そっちの方が気持ち良いですよ」

 トーマスの軽口に、そうだな、と答えて、俺は昼食に出てきた魚の出汁で煮た米を写真に撮った。美咲との話題にしよう。


「団長、こんな有り触れた料理の写真を、小型水晶に記憶させるんですか?」

「あー、最近、料理に凝っててな。自分で作る時の参考にしようと思って」

「へー!団長、料理するんですねー」

 これ以上、トーマスと会話すると何かに勘づかれるかも知れない。俺は飯をかき込んで、席を立った。


「団長、午後の訓練は何時からですか?」

「2時間後にしよう。皆にも伝えておいてくれ」

「分かりました!昼寝でもしようかな」


 俺は訓練所の近くに居を構えているので、一旦自宅に帰る事にした。


「ハロルドお兄様、帰ってきたんですね」

 妹のキリエが庭先で花に水をやっていた。


「ああ、午後の訓練まで時間があるから、少し休憩しようと思って」

「お茶、淹れますね」

「ありがとう、キリエ」

 キリエ・ライオンハート。18歳、独身。長い金髪は絹の糸の様で、その美しさは王都でも評判だ。自慢の妹。ただ一つ、問題があって……


「お兄様、お疲れでしょう?キリエが癒してあげますね」

 お茶を持ってきたキリエは、机の上にカップを置くと俺の背後に立った。


 そのまま頭を抱きかかえられる。


「キリエ、兄さんはお茶が飲みたいのだが」

「お兄様!ああ、お兄様!髪の匂いがお日様の様です!」

 キリエは興奮しながら、俺の頭の匂いを嗅いだ。これが問題。極度のブラコン。


「キリエ、お前も18歳になったんだから、そろそろ独り立ちしなくてはいけないぞ」

「嫌です!キリエはずっとお兄様の傍に居ます!」

「いや、俺は結婚したら家を出ていくつもりだぞ?」

 俺の発言に、キリエは黙って俺の頭を掴み、林檎を握り潰すかの様に力を込めた。


「痛い痛い!キリエ、止めなさい!」

「お兄様、女が出来たのですか?」

 キリエは腕が華奢なくせに、その怪力は金剛石をも握り潰せると言われている。付いた二つ名は『剛腕』。流石、ライオンハート家の女。一般常識は通じない。


「出来てないよ、安心しろ」

「なら良いのですが。お兄様は世間知らずなので、変な女に引っ掛からないか、キリエはとても心配です」

 腕の力を抜いて、キリエは安堵した様だ。


「キリエは気になる男性とか居ないのかい?」

 お茶を口にしながら、俺はキリエに尋ねた。兄離れしてもらわなければ、将来的に俺が困る。


「ライオンハート家に婿入りしたい、なんて男性は中々居ませんね」

「うーん。確かにウチはちょっと特殊だしな」

 ライオンハート家。軍事国家アルトリアで、一流貴族階級の一族だが、領地は持たず、その地位は軍事に関わる事で成り立っていた。戦うだけの能無し貴族とやっかまれている。


「ちょっと自室で仕事してくるよ」

「お茶、運びますね」

「いいよ、自分で持っていく」

「そうですか?分かりました」

 キリエからの好意を断って、カップを手に自室に戻った。直ぐに小型水晶を起動させて、美咲にメッセージを送る。


「美咲さん、私の今日のランチはパエリアでした。美咲さんのランチは何ですか?」

 返信を待つ、この時間、俺はソワソワして何も出来なくなる。


 返信が返ってきた。


「こんにちは、ハロルド。私は会社の中にある食堂で食べます。後で画像を送りますね」

 返ってきたメッセージを読んで、自然と頬が緩む。短文のメッセージを何度も読み返して、次のメッセージを待った。


 十数分後、メッセージが届いた。

「これは『うどん』と言う麺料理です。私の国の名物で、魚から取った出汁を使ってスープを作ります。あっさりしていて美味しいんですよ」


 直ぐにメッセージを返す。


「うどん、という麺料理は初めて見ました。美味しそうですね。いつか食べてみたいです。これから少し外出するので、夕方までメッセージ送れません。また、夕方に」

 俺は兵舎に向かう準備を整えて、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。


 小型水晶が鈍い光を放った。美咲からのメッセージかな?少しワクワクして、小型水晶を起動させた。


「美咲さんとの親密度が上がりました。LV2になりました。通話の回数が『1日2回』一度に通話出来る時間が『15分』に増えました」


 なんだこれ?レベル?俺は小型水晶からのメッセージをマジマジと見つめながら、何度も瞬きをした。







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