番外編ハロウィンSS

【ハロウィンSS】悪魔と天使の狭間で

「あーっ、やられたぁっ!」


 十月も終盤を迎えた、とある日の昼休みである。

 恋人の雨宮凛がスマートフォンを見ながら、驚愕とも無念とも取れるような声を上げていた。


「くぅっ、まさかそんな意図があったなんてぇ……!」


 何だか本当に悔しそうだ。凛がこういった態度を取る事は珍しい。


「何? どうした?」

「ちょっと翔くん、聞いてよ!」


 見かねて声を掛けると、凛がくわっと顔を上げた。ピンクベージュの長い髪がふわりと揺れて、良い匂いがする。


「お、おお? どうした?」

「これ見てよー!」


 凛がスマートフォンのディスプレイをづいっと見せてきた。

 それは、俺の元カノにして今カノ凛の親友でもある久瀬玲華……もとい、REIKAのインスタ──画像系のSNS──だ。REIKAは今やタレント兼女優としてお茶の間でも知名度を上げていた。彼女が主演を務めて、その助演を凛(RIN)が務めた映画『記憶の片隅に』が春に公開されたのだが、それが大ヒットして、一気に知名度が上がったのだ。目の前にいる凛も、瞬く間に知名度を拡げたが、映画の公開が終わった後は、落ち着きを取り戻している。

 ちなみにその映画の撮影はここ、鳴那町で行われた事もあって、俺も参加させてもらっている。撮影では死ぬほど色々あって、胃に穴を開ける思いをしたのだけれども……胃潰瘍になる事もなく、何とか諸々を乗り越え、今も元気にやっている。


「玲華がどうかしたのか?」

「どうかしたのか、じゃないよ! 見てよ、このハロウィンコス!」


 言われてもう一度ディスプレイを見てみると、そこには悪魔のような衣装を来た玲華がいた。胸元がガッツリと開いており、その豊満な果実を存分にアピールしている。


「……これがどうかした?」


 玲華が悪魔コスをする事で何故凛が怒るのか、いまいちわからない。


「私もインスタ用にハロウィンコス投稿しなきゃいけないんだけどさ、前に玲華からLIME来て、何にするか訊かれたのね? それで、今年は悪魔コスのこれにしようと思ってるって送ったんだけど……」

「ああ、なるほど……要するに」

「そう、パクられたの! それもまんま同じ衣装!」


 はあ、と凛は大きく溜め息を吐いて、自分の席に座り直した。俺も前の席に座って、ふむ、と思案する。

 凛は、RINとして映画『記憶の片隅に』に出演したが、以降の芸能活動は高校卒業まで休止すると既に発表している。しかし、大学入学後にまた再会する見込みもつけていて、活動休止中はインスタを通して既存ファンや新規ファンとの交流を行っていた。

 今の凛にとっては、インスタはファンを満足させるための大切なツールであって、その写真には割と力を入れている。俺もその活動の手伝いの為に安物の一眼レフを買って、〝映え〟そうな場所に二人で行って彼女の写真をよく撮ってやっていた。今回のハロウィン衣装に関しても、明日あたりにどこかそれっぽい場所に撮りに行こうか、と言っていたばかりなのである。


「さすがに同じ衣装で撮るのはまずいよなぁ……」

「うん。それに、玲華の方がスタイルいいからさ。私がこれ着ても比べられて負けちゃう」


 凛が悩まし気に、眉間に皺を寄せている。

 別に負けているとは思わないけども……まあ、胸をアピールする服だから、ちょっと凛には分が悪い。

 凛はとにかく華奢なモデル体型で、どちらかと言うと女性ウケが良いタイプだ。一方の玲華は、出るとこは出ていて締まっているところは締まっているという、謂わば男性ウケするタイプ。玲華とこの衣装で競い合うという事は、彼女の土俵で戦う事になる。そうなってくると、凛には不利だ。それを彼女自身わかっているからこそ、こうして落ち込んでいるのだろう。


「そんなこと、わたくしめが許さないのであります! わたくし雨宮凛は、二度と翔くんの前で玲華には敗北しないと心に誓っているのであります!」


 落ち込んで悩んでいたかと思うと、すくっと立ち上がって、いつもの演説家のような口調で熱弁をし始めた。

 あの、熱弁するのはいいんだけれど、教室で俺の前で玲華に負けないとか、色々邪推されそうな事を言うのはやめてくれないか。後が恐い。

 と、思っていると、凛が大きく溜め息を吐いて、また椅子に座った。


「玲華ってさー、たまにこういう事するんだよね」


 熱弁をして一旦冷静になったらしい凛は、眉根を寄せて、困ったような笑みを浮かべていた。


「それで、私が困ってるとこ想像して楽しんでるんだよ。くやし~!」


 本当に悔しがっているのか、そんな玲華とのやり取りを楽しんでいるのかよくわからないけども……でも、衣装が丸被りしていたら、さすがの凛も同じものを挙げるわけにはいかない。彼女達が仲が良いのはもはや周知の事実で、しかも映画での関係性を引きずってか、ライバル同士と思われている節もある。

 後出しをすると凛のイメージ的には良くないだろうし、しかも分が悪いときている。


(それに……)


 ディスプレイに映った悪魔っ娘コスをした玲華の写真を見て、俺は心の中で嘆息した。


(多分、これは凛への当てつけじゃなくて、俺への当てつけなんだろうなぁ……)


 視線を凛から窓の外へと移して、もう一度溜め息を吐く。


『ねえ、ショー。今度のハロウィンパーティー、天使のコスしてあげよっか?』


 脳裏に玲華の声が蘇ってくる。

 彼女と付き合っていた頃の話だ。塾の仲良しグループで集まって、ハロウィンパーティーをしようという話になった。なに、そんな大掛かりなパーティーじゃない。そのうちの誰かの家に集まって、仮装をして、ただお菓子を食べるだけのパーティーだ。受験の息抜きも兼ねて、ただゲームをしてお菓子でも食べてはっちゃけようぜ、という可愛いもの。その仮装の話をしていた時、玲華は確かそう言った。


『ショーにとって完全無欠な天使様の私が、ほんとの天使になってあげるわけだよ。どう? 嬉しいでしょ?』


 自信満々に自分の事を完全無欠な天使と言い切るあたり、本当に図太いというか、何というか。あの時の俺にとって、玲華はまさしく完全無欠の天使──かなりじゃじゃ馬でトラブルメーカーだけど──だった。

 でも、そんな風に自信満々に言われても、当時の俺は素直になれなくて。


 ──ふざけんな、お前のどこか天使なんだよ! お前なんか悪魔だ、悪魔!


 俺はそう返したのだ。

 その返答に怒った玲華は、結局天使のコスではなくて、めちゃくちゃ迫力のある血まみれゾンビメイクをしてきた。ただ、容姿の優れた玲華がそんな怖いメイクをしたものだから、女子からの評判はよかったように思う。

 多分、今回はたまたま凛が悪魔コスをする事を知ったので、あの時の当てつけも兼ねて、インスタに先に公開したのだろう。


(全く……本当に負けず嫌いだよな、あいつ)


 俺は嘆息して、もう一度うんうん悩んでいる凛を見た。


(あ、そうだ)


 当てつけには当てつけを、で返してやろう。それも『記憶の片隅に』の"優菜"と"沙織"っぽくて良いかもしれない。

 うん、いいぞ。良い感じの案が浮かんできた。俺がついていながら、凛を玲華に負けさせるわけにはいかない。


「じゃあさ、天使にしない?」

「え!? 天使? なんでまた?」

「それは、ほら……悪魔ときたら、その対となるのは天使だろ? 正面から喧嘩買ってやろう」


 凛が俺にとっての天使だから、とはさすがに教室では言えない。


「そうだけど……天使かぁ。うん、それいいかもね! でも衣装とかどうしようかな。さすがに今から注文してたら明日には間に合わないだろうし」


 田舎のつらいところである。天下の密林様でも、翌日に着かない事は多い。


「服は……あの時のワンピースない?」

「あの時?」

「俺と初めて会った時に着てた、あの白いやつ」

「あ、うん! 押し入れの中にあるよ? でも、あんなのでいいの? なんだか安っぽくない?」

「そんな事ない。だって……」


 あの白いワンピースを着た凛を見て、あの夏の終わりに『天使がいる』と俺は思ったのだから。


「だって、なあに?」


 凛が悪戯げに俺を覗き込む。


「よ、よく似合ってたからだよ」


 どぎまぎと答える俺に対して、凛はそれ以上追及しなかった。

 ただ、含みのある笑みを作って、「ありがと♪」とわざとらしくお礼を言った。

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