第1話 凛の提案

「ねえ、肝試ししたい!」


 高校最後の夏休み。今日は一学期の終業式だ。

 教室に残って、いつもの四人──俺こと相沢翔・宮里愛梨・木下純哉・そして恋人の雨宮凛──で夏休みのプランについて相談していると、凛が唐突にそう提案した。何だかいつもより声のテンションが高い気がする。

 

「肝試しって、また急な。いきなりどうした?」

「昨日夜に心霊スポット特集やっててさ、どうせならみんなで行きたいって思って」


 凛がピンクベージュの髪を揺らしながら、目を輝かせている。どうやら、心霊特番に感化されてしまっているらしい。そういえば、やらせだ本物だと教室内でも今朝話題になっていた。


「このへんだと何だか怖そうな場所たくさんありそうじゃない?」


 確かに、田舎はホラースポット的なものが多い気がするけども、生憎と興味がなさすぎて全く知識がなかった。

 よくあるのが廃墟となったラブホテルだとか、病院だとか、廃村だとかだが、このあたりにそんなものあるのだろうか。


「肝試しなあ。そういやした事ないな。このへんってなんかそういうスポットあんの?」


 地元民の純哉と愛梨に訊いてみた。

 どうせ受験勉強に支配されるだけの夏休みだ。何か夏らしい想い出も欲しかったので、凛の提案に乗ってみるのも悪くないかもしれない。というより、これだけ目を輝かせてたら、絶対に引かない気がする。


「あー……なんだっけ、何年か前に廃病院が話題になってなかったか? あたしも詳しくないから知らないけど」


 愛梨は染め直したばかりの赤髪を指先で弄びながら、純哉に訊いた。


「あったあった、山田村の廃病院だろ? なんかうちの姉貴が去年行ったって言ってたな」


 純哉の話によると、鳴那町からそう遠くない場所にある山田村には廃病院があるらしい。彼の姉が高校生の頃に友達グループと行った時は特に何も起こらなかったそうだが、このあたりでは話題の心霊スポットだ。彼の姉曰く、雰囲気があってかなり良かった、との事だ。

 ……良かった?


「廃病院……!」


 そのワードを聞いて、凛の目がますます輝きを増している。

 あ、だめだこりゃ。もう行くの確定だ。


「凛は肝試しが好きなのか?」

「好きってほどじゃないけど、中学二年の時だったかな? 一回だけ行ったことあるよ」


 玲華も一緒だったよ、と凛が付け足した。

 どうやら林間学校の時に、クラスの男子に誘われて何人かの女子と一緒に肝試しをしたらしい。肝試しと言っても、夜に近くの神社に置いた札をペアで取りにいくだけの、簡単なものだったそうだ。

 ペアでって……絶対それ凛と玲華が目的だよなぁ。それを思うとちょっと腹が立つ。中二の時だと俺は凛どころか玲華とも出会ってないけど、何だか良い気がしなかった。


「あ。翔くん、今ちょっと妬いたでしょ?」


 目ざとく俺の表情の変化に気付いた凛が訊いてくる。


「別に、妬いてなんか──」

「結構かっこよかった男の子と一緒になったんだけどね、その時……」


 結構かっこよかった男の子というワードが出てきて、思わずぐっ、と歯を噛み締めてしまった俺である。

 それを見た凛は満足げに笑って「うーそ♪」と付け足していた。


「安心して? 私は玲華とペア組んだからさ」


 凛が悪戯っぽく笑いつつ、俺の腕と自分の腕を絡ませて、ぎゅっと抱え込んでくる。ふわりと彼女の上品な香りが鼻腔をくすぐった。それだけでなく、夏服越しに、何か柔らかいものを腕に押し当てられているし、じっと俺の顔を覗き込んでくるので、もう手に負えない。完全にノックアウトさせられてしまっていた。結局俺は憮然として「それならいい」と応えるしかないのである。

 はあ、ちくしょう。何から何まで見抜きやがって。

 もう付き合って十か月になるが、俺は相変わらずこうして凛に手玉に取られては遊ばれてしまうのだった。それでも良いやと思えてしまうあたり、俺も結構な病に侵されてしまっている。

 純哉と愛梨も慣れたもので、「あーはいはい一生やってろ」と流してくるので、もう凛を止めるものなどない。こうして俺は不意打ちにドキドキさせられっぱなしなのである。

 それにしても、せっかくお目当ての女の子二人を誘ったのに、肝心の女の子同士でペアを組まれたら、その男の子達心の中で泣いてただろうな。きっと、その男の子達はこういう展開を望んでいたのだろうに──彼女に抱えられている自分の腕を見て、ふとそう思うのだった。


「それで、その時どうだった?」

「ん? 何が?」

「肝試し。何か起こった?」

「何も起こらなかったよ。っていうかさ、可笑しくなっちゃった」

「は?」

「なんか、可笑しくなっちゃって。笑い止まらなくなっちゃったんだよね。それで玲華もドン引き」


 ひどくない? とご立腹の凛。

 いや、というか……それは平気っていうのか?


「凛ちゃん、それ憑かれてたんじゃね……?」


 純哉がおそるおそる訊くと……


「そうなのかな!?」


 凛が更に目を輝かせた。なぜにそこで目を輝かせる?


「やっぱり憑かれてた!? 私、憑かれてたのかなぁ!?」


 だから、なんでそこで嬉しそうなんだよ。

 凛が妙なテンションになってきたので、俺と愛梨は眉根を寄せて、視線を交わした。そして、もう一度二人そろって凛に視線を向けた。


「私さー、一回でいいから憑かれてみたいんだよね!」

「つ、憑かれてどうするんだよ?」


 純哉が苦笑気味に訊いた。ちょっとあの純哉が気圧されているところは見ていて面白い。


「憑かれて、除霊士に『ここは貴様のいるべきところじゃない!』って、言われてみたい」


 凛がぷくくと笑いを堪えながら、何故か楽しそうに言った。

 あー……これは、もしかして凛に怪談とかホラーとかそっち系の話をするのはNGだったんじゃないか?

 愛梨と純哉は楽しそうに瞳を輝かせる凛を横目に、廃病院を話題に出してしまった事を若干後悔している様子だった。

 結局、これだけ楽しみにしてしまっている凛を前に、今更その話を引っ込められず、廃病院への肝試しが決まった。

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