5章 第4話

 その後、陽介さんには学校近くのコンビニで降ろしてもらって、もらった給与をATMで銀行に預けた。さすがに諭吉10人持って学校には戻りたくなかったし、何より昼休み中に学校に戻りたくなかった。5限目の始業には間に合わないが、あの状況なら下手に休み時間中に戻るよりは良いだろう。

 どうせ質問攻めは食らうだろうが、何て答えようか。なんだか、今はそんなしょうもない事に思考を費やしている状況でもないのだけれど。

 そんな陰鬱な表情で教室に帰ると⋯⋯運悪く自習だった。結局質問攻めに合ってしまった。いつもなら自習だなんてラッキーとしか思わないが、今日に限っては最悪だ。

 とりあえず、山梨陽介とは東京に住んでた頃に知り合っていて、撮影が終わったから挨拶をしに来た、という事にしておいた。俺が撮影スタッフとして参加していた事を知っているのは純哉と愛梨だけなので、この言い逃れも十分に可能だ。

 共演者の凛との会話で俺と同級生である事を知って~とか、とりあえず思いつくままにそれっぽい嘘を吐いた。なに、このクラスメイト達の俺への興味は今日だけだ。明日になれば凛が登校する。そうなれば、みんなの興味は凛の映画撮影に移るだろう。今日さえ乗り切ればいいのだ。


「あ、純哉、ちょっといいか」


 質問攻め隊を押しのけて、俺は純哉をとっ捕まえて、廊下に出た。


「⋯⋯なんだよ」


 純哉はちょっと不機嫌な様子だった。


「なんでお前が不機嫌そうなんだよ」

「こっちはREIKAに奢った事を内緒にしてなきゃいけないのに、なんでお前は山梨陽介がわざわざ学校に来て人気をかっさらって行くのかなって思ってさ」


 純哉⋯⋯へその曲げ方が小物過ぎるぞ。


「ばーか、そんなんだからお前は彼女の一人もできねぇんだろ」


 愛梨が呆れた様子で絡んでくる。ここで彼女が来てくれたのはラッキーだ。愛梨さえいれば、野次馬達も早々に近寄ってこれない。彼女の怖いオーラは人を平伏させる。


「ぐっ⋯⋯う、うるせえ!」

「ま。こんなバカの話はいいから、場所移そうぜ。どうせあたし等の話に聞き耳立ててる奴らばっかだろうからなぁ」


 愛梨がぎろりとその聞き耳を立てていた連中を一瞥する。周囲の人間が耳を大きくして俺達の会話を聞いていたのだ。

 ほんと、こいつほど用心棒役が似合う女はいないな。金で雇いたいレベルだ。

 愛梨の提案に従って、俺達は凛と初めて昼食を食べた校舎裏に移動する事にした。


 ◇◇◇


「で、なんでわざわざあの山梨陽介があんたに会いにきたわけ? 凛ならともかく」


 愛梨がベンチに腰掛けて訊いてきた。早速制服のポケットからタバコを取り出す。

 お前な、さすがに校内で見つかったら即停学だぞ⋯⋯。


「あー、俺の雇い主なんだわ、あの人。映画のスタッフの」

「そういうやそんな事言ってたな」


 結局6限目のチャイムが鳴ってしまっているが、こうして二人の友人から結局尋問を受けている。と言っても、この二人は俺の置かれている状況を知っているので、話しやすい。


「最近は行ってないんだろ?」


 純哉が何んとなしに言ったので、思わず目を見開く。


「なんでわかった?」


 玲華の台本謀反事件がキッカケでスタッフに行かなくなった事は言っていない。なんと言えばいいのか俺もわからないから、伏せてあるのだ。

 少なくとも、この二人にも話す必要はないと感じた。これ以上、他の人間を巻き込みたくもなかった。ここから先は、もう俺の問題だと思うからだ。


「最近、顔色いいからな。この一か月くらい、ほとんど寝てなかったんじゃないか?」


 純哉が意外にも俺を見ていた事に驚いた。この一か月、学校が終わってからずっと夜まで撮影に参加していたので、体力的なものも結構つらいものがあったのだ。しかも、家に帰ったら帰ったで見たくもない映画を自主的に見たり、情報を仕入れたりしていた。ここ一か月の睡眠時間は3時間あれば良い方だった。

 我ながら無茶していたと思う。


「まあ、いつか倒れそうだったしな。あたしもそれは何んとなく察してた。なんかあったのか?」

「いや、まあ⋯⋯それはまた今度話すよ。それよりさ、純哉。ちょっとお願いがあるんだけど」


 愛梨がタバコを吹かして訊いてくるが、やんわりと流して話題を変える。愛梨に言うとまた怒られそうだから、それこそ言いたくないんだよな⋯⋯。


「え? 俺か?」

「そう。明日、ノート取るの頼みたいんだけど、いいか?」

「ノート? まあ、いいけどさ。何で?」

「いや、まあ⋯⋯俺ちょっと明日用事あって休むからさ」


 本当だったら凛に頼みたいところなんだけれど⋯⋯凛に頼めるわけがない。いいよ、と凛だったら言ってくれそうだけど、それは俺のプライドとしても許せない。

 なんだったら、この事が片付くまで凛と話すのも許されないとも思っている。


「珍しいな。どうした? 期末前だぞ?」

「ちょっと東京行ってくる」

「と、東京!? なんでまた」

「まあ⋯⋯野暮用だ、野暮用」


 その言葉を聞いていた愛梨が、タバコの灰を落としながら、こちらをちらりと見た。


「⋯⋯ケリ、つけにいくのか」


 やはり鋭い愛梨さん。これだけのやり取りでおおよその事を見抜かれてしまった。

 玲華が長野に滞在中に話してもよかったのだが、もう彼女は帰ってしまったと言うし。それに、多分⋯⋯あの場所でケリをつけなければ意味がないとも思うのだ。その為には、俺が足を運ぶ必要がある。


「まー、そんなとこ」

「ケリって、REIKAちゃんとか?」


 純哉が訊いてくるので、頷いて返す。


「ってことは、やっぱりなんかあったんじゃねえか!」


 まあ、そうなりますよね。わざわざ学校休んで東京まで行くくらいだし。


「話せよ、相沢。凛、明日から登校するんだろ? それならあたしらもあたしらで、明日どういう気持ちで凛に接したらいいかそれ次第で変わってくんだ。安心しろ、誰にも言いやしねえよ」


 愛梨が男らしい口調でタバコを咥えて、手元でライターを弄んだ。

 本当にこいつが同性だったら、舎弟にでもなりたかったなぁと思わされる時がある。

 こうなってしまったら愛梨は引かない。一度溜め息を吐いて、俺は今回の経緯を二人に話した。

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