5章 第3話
「あのなぁ⋯⋯君は自分の事をただの高校生で何もないって思ってるんだろうけど、もし本当にそうだったら、俺はこうしてバイトに誘ってなんかないからな?」
「え?」
「あのREIKAとRINが奪い合ってる男がそもそも普通なわけないだろ。その理由が何なのかはわからなかったけど、きっと何かしら持ってるんだろうと思ってたさ」
「買い被りですよ⋯⋯」
そう、それこそ買い被りなのだ。
あの2人が、あんな凄い2人がどうして俺なんかをどうして好きになっているのかわからない。俺ですらわからないのだ。
凛は確かに、理由を教えてくれたけども⋯⋯それは、あくまでも凛と俺だけがわかるものであって、第三者に言っても伝わるものではない。
「買い被りなもんかよ。君は俺の予想を上回っていたよ」
「どこがですか。せいぜい、雑用していたくらいでしょ」
「⋯⋯普通の高校生が、自分から動いて、誰かがやらないと困る仕事を探して、しかもそれが汚れ仕事や力仕事でもお構いなしにやるとでも思ってるのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「それで先走って迷惑かけるなら、高校生なら有り得そうなもんだけどな」
でも君は違った、と陽介さんは続けた。
「周りを気遣い、見据えて、誰かがそれをやってくれると助かる、という事を率先してやっていた。それこそ監督が好みのお菓子を並べておいたり、片付けやゴミ分け。出来れば誰もやりたくない事を率先してやってたんだぞ。挙句に監督の本やら映画を見て仲良く映画についてあの犬飼監督とお喋りだぁ? 俺にあれができるか? できねーっつーの!」
悔しそうに彼はハンドルをごんと軽く殴った。演技かと思ったが、少し本気で悔しがっているようにも見える。
「そ、そんなもんですか」
「そんなもんだよ。ショーくんがいたお陰で現場スタッフの負担は影ながら相当減っていたはずだ。君がいなくなってから、『相沢くん今日は来ないの?』って色んな人に訊かれたよ。助監督に、そしてあの犬飼監督からもな。それくらい、君は存在を示してたんだ」
はっきり言って、陽介さんの言葉には驚かされるばかりだった。
俺が闇雲に取り組んでいた事が、思ってもない場所で評価されていた。俺は本当に、ただ役割が欲しくて、疎外感を埋める為だけに取り組んでいたのに⋯⋯それが思ってもない方向に転がっていたようだった。
陽介さんは、俺の適応力に学習能力、洞察力の高さをものすごく評価してくれた。会話も人が話しやすいように回したり、誰かが話したくない話題の雰囲気を醸し出すと、会話の方向性をこっそり変えている、とも言っていた。
はっきり言うと、そのあたりは無意識でやっている事だった。俺が今まで自分で意識した事はないが⋯⋯確かに、言われてみれば、そういうところはあるな、と思った。
「あんまり自覚ないんですけど⋯⋯」
そう言うと、陽介さんは呆れたように溜め息を吐いた。
「そこが狡いとこなんだよなぁ、君の。まあ、何ていうかさ⋯⋯君はそういうところがあるから、すっごい話しやすいんだよ。無意識に相手を気遣ったり、それこそ自己犠牲を払ってまで相手を優先する。君がRINちゃんに付き添ってたのがまさしくそれだったんじゃないかと思うんだけど、そうだろ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ま、あの二人が君に入れ込むのも何となくわかったよ。君ほど一緒にいて過ごしやすい人間は、多分いないんだ。それこそ学生だと尚更だ」
我が強い女優にとっちゃ君みたいな男の子は一番相性が良いだろうな、と陽介さんは笑って言う。その合間に「うぉー景色綺麗」だとかよそ見しながら運転しているからちょっと不安になるのだが、まあ、今は車の通りも少ないし、そんなに不安がる事もないだろう。
「ショーくんの凄さは、外見や成績みたいに突出してわかりやすかったり、数値化できるものじゃないから、なかなかわかりにくい。地頭がきっと良いんだろうな。そういう適応力や地頭の良さは、社会に出てから強いとは思うけどね」
これが一応はオトナから見た君に対する評価だ、と陽介さんは付け足した。
はっきり言って、全く実感がない。俺にとってそれらは当たり前で、何ら特別な事ではないからだ。ただ、俺のそんなところが大人に評価されていたのは、素直に嬉しかった。
山頂の駐車場に着いた。
ここから見る風景は絶景。今日は晴れているから、きっと遠くまで見渡せるだろう。
平日の昼間だから、人も少なかったので、有名人の陽介さんにとっては相性が良い。
「おお、めっちゃ良い景色だー! 東京帰りたくねぇぇぇ!」
陽介さんは大きく伸びをして叫んだ。
確かに、田舎ならではの空気の良さをしばらく体感すると、都会に戻るのが億劫になる気持ちはよくわかる。
修学旅行で久々に東京に行ったが、気後れしてしまった。まあ、途中からそれどころではなくなってしまったのだけれど。
「で、事は相談なんだが、ショーくんよ」
「はい、なんでしょう?」
「君、もともと東京の人っぽいけど、ずっと長野にいるつもり? それとも高校出たら上京する?」
思ってもない質問が飛んできた。
あまり先の事は考えていなかったので、即答はできない⋯⋯と思っていた。
「まだ考えてないですけど⋯⋯でも、多分東京の大学を受けます」
気付けば、自分の中からそんな答えがぽっと出てきた。
長野県での暮らしは悪くはない⋯⋯悪くはないはずなのだけれど、俺は咄嗟に、すごく自然にそう答えていた。
それは多分、この地が俺にとって、逃避場所だからだ。長野県にいる限り、きっと俺は逃げていると自分を認識してしまうからだろう。
この撮影を通して、俺の意識はやはり変わり始めたのかもしれない。
「そうか。じゃあ、それからの話で良いんだけど、うちの事務所でバイトしないか? 俺のマネージャーがショーくんの事気に入っていてね。欲しいんだってさ。もちろん、バイト料は他の学生バイトなんかよりは弾むぞ」
これまた予想外の提案だった。もしかすると、今回事務所から人件費を捻出してくれたのは、これの狙いもあるのかもしれない。
見込みアリ、と評価されたという事だ。大人にそうした評価をしてもらえるのは嬉しい。
「⋯⋯前向きに考えておきます。でも、その前に」
「そうだな。受験と、直近の決着、だわな」
「はい」
苦笑いをして、頷いた。一番の問題が直近にまず迫っている。
彼はにやっと芸能人スマイルを見せて、こういった。
「まあ、健闘を祈るよ。リアル達也」
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