4章 第18話
それから20分ほど待っていると、凛が帰り支度を終えてきた。
両手に荷物を抱えていたので、片方を持とうとすると、「いいよ、自分で持つから」と、拒否られた。ので、無理矢理重そうなほうを奪い盗ってやった。
「あ、ちょっと⋯⋯もう」
凛は困ったように笑って、横を並んで歩く。
ここから凛の家までは歩いて30分弱。少し遠い。
本来だと車で送ってもらうべきなのだろうが、なんとなく⋯⋯今日はもう陽介さんやスタッフの人たちと顔を合わせたくなくて、凛には付き合ってもらった。
もう日は暮れているが、まだ18時を過ぎたくらい。こんなに早く撮影が終わったのはいつぶりだろうか? というくらい、今日は早く終わった。おそらく貸し切っている宿では、これから犬飼監督や脚本家で朝まで議論と調整が行われるのだろう。
歩いてる最中、俺たちは無言だった。
話す内容がなかったわけではない。何を話せばいいのかわからなかったのだ。
「「あのさっ」」
2人同時に声を上げて、顔を見合わせる。
「「あっ⋯⋯」」
そして、互いに目を逸らして、気まずい沈黙。
「⋯⋯凛から先に」
「うん⋯⋯」
凛は大きく息を吐いてから、立ち止まって。
「ごめんなさい」
いきなり頭を下げた。
「⋯⋯なんで凛が謝るんだよ?」
ちょっと予想外の行動だったので、驚いた。
「私、自分の事ばっかりで⋯⋯全然翔くんの事見れてなかった。翔くんが辛そうにしてたっていうのも、気付いてなかった。彼女失格だって⋯⋯玲華に言われて思った」
やっぱりその事か、と思わず溜め息を吐いた。
こっちはこっちで、凛に気付かせないように必死だったから、気付かれていても困ったのだけれど。
「別にそれは凛が悪いわけじゃない。俺だって⋯⋯凛に気付かれたくなかったんだよ。だから、凛にだけは気付かれないようにしてた。だって⋯⋯俺は、お前が立ち向かう為に、力になる為にあそこに行ったんだからさ。それが、俺がへたれてちゃダメだろ」
凛は頭をふるふると横に振った。
「それでも気づかなきゃいけなかったんだよ」
「⋯⋯⋯」
「でもさ⋯⋯私、全然翔くんのことわかってなくて。なんで苦しんでたのかもわかんないのに⋯⋯でも玲華にはそれがわかることがすっごく悔しくて」
下を向いて、唇を噛み締めていた。
「やっぱり私は玲華に勝てないのかなって⋯⋯思っちゃった」
「⋯⋯⋯」
「私もさ、やっぱり撮影で嫌な事とかあって、翔くんのほう見れなくなってさ⋯⋯そしたら、NGとかどんどん増えて行って、こんなかっこ悪いとこ見られたくないって思ってたら、もっと翔くんのこと見れなくなってた。せっかく来てくれてるのに、全然話せなくて⋯⋯それで、どんどん自己嫌悪しちゃって」
それが後半にNGが増えた理由だったのか。
凛が元気なかった理由も、あまり話さなかったのも⋯⋯俺が原因だったのか。疲れているのは肉的的なものではなく、精神的な事が理由と彼女が言っていたが、全て俺が原因だ。
やっぱり、俺が撮影に参加したのって全体的にダメだったんじゃないか。誰も良い想いをしていない。そんな風に思えた。
何が見届けることが逃げない事になる、だ。俺がいることで凛も玲華も苦しめてたんじゃないか。
それで、俺は逃げない事になったのか?
この結末で俺は何か変わったのか?
いいや、何も変わってない。俺はただ、観測者として、ここにいただけだ。見るのはつらかった。役割を見出して耐えるのもつらかった。でも、それで何が変わったかというと⋯⋯きっと、何も変わっていない。
「私さ、撮影の間、ほんとは結構つらかったんだ」
「つらかった?」
「うん⋯⋯”達也”と手を繋ぐのも、抱き留められるのも、ときめいたり恋したり、デートしたりしてるところも⋯⋯全部、翔くんに見られたくなかった」
凛は、陽介さんと言わず、敢えて”達也”と言っていた。それはきっと、彼女がそう思い込もうとしていたからなのだろう。
「自分が翔くんの事を裏切ってるように思えてさ⋯⋯すごく汚い女だって思っちゃってた」
そういえば、玲華も凛がそういったシーンを嫌がってるんじゃないか、と言っていた。
『相変わらず女心わかってないね、ショーは』
玲華の声が蘇る。
やっぱり俺はわかってなかったみたいだ。
「割り切らなきゃって思ってたんだけど⋯⋯全然できなくて。山梨さんにも気を遣わせちゃってたし、私って女優向いてないのかもね」
苦笑いをして、頬を掻いた。
陽介さんは凛に拒絶されそうな気がして緊張する、と言っていたが、凛は凛で、自身が陽介さんを拒絶してしまっている事を自覚していたようだ。
「そんな事ないだろ」
聞き捨てならなかったので、そこは否定した。
「凛は女優向いてるよ。陽介さんだって、玲華と凛どっちも天才だって言ってたし、俺も凛の演技見てすげえって思った。テレビで見るドラマよりさ、全然自然な演技だった。きっと他の人もそう思ってる」
「そんな事ないよ。必死だっただけ。NGだって結構出してたし」
「それは準備期間も休みもなかったからだろ。普通の高校生はあんなのできない」
凛は少し困ったように笑って、「ありがと」と小さな声で言った。
「じゃあ私も訊くけどさ」
「ん?」
「翔くんは、何でつらかったの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ごめん。私、やっぱりちゃんとはわかってなくて」
「⋯⋯⋯⋯」
「最低、だよね⋯⋯」
凛は自分の不甲斐なさを呪うような表情をしていた。
別に凛が悪いわけではないのに。
「あんまり言いたくないんだよな」
「⋯⋯どうして?」
「かっこ悪いから。俺」
「そんな事ないよ」
「ううん、きっとかっこ悪いと思う。俺が自分でそう思ってたから、余計に凛には気づかれないようにしてて⋯⋯」
「翔くん」
凛は再び立ち止まって、こちらをじっと見てきた。
「私、そんな事絶対に思わないよ。絶対に」
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