4章 第5話

 撮影はそれからも順調に進んでいった。

 凛は学校を休む事が多くなったが、それでも来れる時は来ていた。

 凛が映画の撮影に参加している事を知っているのは、一部の教師と俺と愛梨、そして純哉だけだ。さすがにここまで欠席が多いと、クラスメイトたちも不審に思っている。

 ただ、とりあえず体調が悪いということで通しておいてほしいというのが凛の意思なので、その意思を尊重すべく、映画の話はしていない。

 ただ、映画の撮影はシーンによっては街中や商店街などで行っている。凛を目撃したという人も増えてきたので、嘘を吐くというのも結構厳しい状況だ。


 厳しいと言えば、結構俺も厳しかったりする。

 平日は学校終わりで直で向かって夜まで、土日は朝から晩まで特にやる事がないにも関わらず、参加している。

 なんとなく責任感で参加しているが、本音を言えば、あまり参加したくなかった。

 凛がどんどん遠くに行ってしまっている。

 そんな風に感じるのだ。

 最近では、凛なのか"沙織"なのか、もうその境目がどんどんわからなくなってきている。

 もちろん、休憩時間には話すし、玲華や陽介さんと交えて4人、あるいは他の共演者やスタッフさんもいる中で食事や休憩をすることも多い。

 ただ、その中で唯一の部外者が、俺なのだ。

 名目上はスタッフという地位を与えられているが、俺には役割がない。撮影も照明も音響も、メイクも、何もないのだ。

 陽介さん曰く、この場にいることが俺の役割だという。俺がいることで、あの2人の演技はどんどんリアリティさが増している、とのことだった。

 ただ、俺には正直言うとそれがわからなくて、ただただ漠然と"優菜"と"沙織"の役が演技を重ねることで深みを増しているだけなのではないか、と思えるのだ。

 最初こそバトりはしたが、それ以降あそこまで表面化していない。凛と玲華は現場でもよく話しているし、笑い合っている。

 そう、まるで普通の友達みたいに。

 中学時代あの2人が仲が良かったという話も、なんとなく想像ができるのだった。

 俺とあの2人、いやその他のスタッフさんや演者さんとも、くっきりと境目が見えるみたいに、俺は孤独感に襲われていた。

 凛も玲華も"あっち"側の人間で、同い年でその2人とも深い関係にあるはずの俺は、ただの一般人。

 自覚したくないのに、それを嫌でも自覚させられる。

 凛だけでなく、玲華もここ数日で大きく変わっているように見える。

 そんなことは分かり切っているはずなのに、この場にいるとそれを嫌でも認識せざるを得ないのだ。

 俺の知っている玲華ではない面を、もう何度も見ていた。

 凛に関しては、俺の知っている凛を、もうあまり見れなくなっていた。

 どうしてこんな環境に俺がいるんだ。

 孤独感で苛まれて、叫びたくなる。

 なのに、どうして俺は毎日バカみたいに撮影現場に来るのだろうか。

 毎日盟那町で撮影しているわけではない。隣街で撮影する場合は電車でいくし、車でないといけない場所で撮影していることもある。そんな時は交通機関を乗り継いで、可能な限り近くまで近くに行って、陽介さんのマネージャーに迎えに来てもらわないといけない。

 毎日学校に通っている身からすると、決して軽い負担ではない。

 それでも、俺は撮影現場に毎日顔を出している。

 陽介さんへの義理? 凛が心配だから?

 それもある。が、決してそれだけではない。

 本当は怖いのだ。自分がここにいないと、本当に凛が自分とは違う世界に行ってしまう気がして。

 二度と会えないような気がして、怖い。

 だから、俺は嫌でも撮影現場に来て、凛がちゃんと存在している事を確かめるのだ。凛が俺を認知してくれることで、安心感を得ようとしている。

 そこに俺の居場所などないと知っているのに。

 俺なんていなくても、この場所は回るのに。

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