4章 第4話

 現場に戻ると、凛はヘアメさんのところへ向かった。

 今は陽介さんとその友達で騒いでいるシーンの撮影のようで、陽介さんもいなかった。

 行き場を失って、うろうろしていると⋯⋯


「ショー」


 玲華に呼び止められた。


「おお、お疲れ。終わったの?」

「あったりまえじゃん♪」


 彼女はスポーツドリンクを片手に、得意げに答えた。


「⋯⋯⋯」


 そのあと、少しだけ俺の顔をじっと見た。


「⋯⋯どうしたの? 元気ない?」

「なんで」


 相変わらず鋭い奴だった。

 それとも、俺ってそんなにわかりやすいのだろうか。いや、凛の前では精一杯誤魔化していたから、今はその緊張の糸が緩んでいたのかもしれない。


「⋯⋯なんとなく。そんな風に見えただけ」


 彼女の瞳がどこか優しく思えた。


「そんな事ないよ。慣れてないから少し疲れてるかもだけど」

「ああ、そっか。学校の後だもんね」


 と、玲華が言ったときに、『グゥゥゥゥ』と俺の腹が盛大に鳴った。

 無言のまま玲華と目が合う。


「あ、そういうことね」


 彼女は面白そうに笑った。

 違う、と否定しようにも、盛大に鳴ってしまった後なので否定も糞もない。

 顔が熱くなった。


「ちょっと来て」

「なに」

「いいから。早く」


 玲華に言われるがまま着いていくと、着いた先はロケバスだった。玲華が先に中に入ったかと思うと、顔だけ出して中に手招きをする。

 彼女に続いてロケバスの中に入ると、中は空っぽだった。

 貴重品とかも積んであるだろうに、少し不用心だなと思う。

 彼女は真ん中らへんの窓際の席に座って、大きめのスポーツバッグをガサゴソと漁っている。

 そのまま見守っていると、彼女は巾着袋を袋から取り出してこちらに渡してきた。


「はい、あげる」

「⋯⋯なにこれ?」


 巾着袋は少し重かった。


「玲華ちゃんの特製おにぎりー♪」


 未来の猫型ロボットのような発音で言った。


「え、悪いよ。お前のだろ?」

「いいの。お昼に食べきれなかったやつだし、もうおにぎりって気分じゃないから。お腹空いてるんでしょ?」


 確かに、昼から何も食べていない。本当ならもう夕食の時間だ。

 俺の胃袋は確かにこの巾着袋の中身を求めていた。


「じゃあ、私今日はもう上がりだから、このまま帰るね。リンに宜しく」

「あ、おい。どうやって帰るんだよ」

「マネージャーに送ってもらう! バーイ♪」


 笑顔で手を軽く振ってから、玲華はスポーツバックを肩にかけて、さっさとバスを降りていってしまった。

 バスに取り残された俺はどうしていいかもわからず、とりあえず巾着袋を開けてみると、おにぎりが2つ入っていた。

 それぞれに丁寧にラベルが貼られており、『からあげ』『たらこ』と手書きで書いてある。


「"食べきれなかったやつ"が、どうして俺の好きな具なんだよ⋯⋯」


 きっと、偶然だ。偶然に違いない。

 そう思いたい気持ちとは裏腹に⋯⋯俺は過去のことを思い出していた。

 去年の春休み、受験に失敗して落ち込んでいた俺は、玲華にピクニックに引きずりだされた。

 その前日に、おにぎりの好きな具を玲華から訊かれたので、からあげとたらこと伝えたのを覚えている。

 そして、次の日のお弁当箱には、しっかりとそのたらことからあげのおにぎりが入っていた。

 空腹には逆らえず、ラップを剥がして、一口食べてみた。


「⋯⋯⋯⋯」


 おにぎりから、あの日の味がした。

 嫌でも、あの日が脳裏に蘇る。2人で笑い合っていたあの春休み。

 あいつはいつもそうだ。

 俺が落ち込んでいる時を目ざとく見つけて、不意に優しくしてくれて、嫌なことを忘れさせてくれる。


(なんで今このタイミングで優しくするかな⋯⋯)


 心の中で、そう愚痴った。

 住んでる世界が違うと知って落ち込んでいる時に、凛が離れて行ってしまうんじゃないかと不安になりかけた時に、この優しさは、ずるい。


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