4章 第6話

 今日は隣街での撮影だ。俺は学校終わりに駆け付けたので、もう日は暮れている。

 今は夜の街中でのシーンの撮影を行っている。

 凛と俺達が初めて遊んだ街。あの時はRINが引退したばかりで、大騒ぎになった。

 愛梨が目を離した隙に大事になっていて、凛を助けるために人だかりに飛び込んで、その後みんなで街中を走り回って逃げた。

 ほんの少し前の話なのに、もう随分昔に思える。

 あの時は何の不安もなくて、楽しかった。こんな事に巻き込まれるなんて全く考えてなくて、凛もただの高校生として過ごせると思っていた。

 玲華と再会して、それがこんなことに繋がるなんて、だれが予想できただろうか。

 本当に、嫌になる。


 街中での撮影なので、やはり野次馬も多い。

 陽介さんを見つけた若い女子たちがキャーキャー騒いでいる。

 今は"達也"と"沙織"がデートしていて、そこに"優菜"が偶然遭遇してしまうシーンの撮影だ。その遭遇した場所が偶然にもホテル街から近い場所だったため、"優菜"が二人の関係を勘違いして走り去ってしまうという、よくある勘違い劇。

 特に少女漫画ではこういった勘違いが多いように思う。きっとこのホテル付近で見掛けた事で二人の関係を勘違いする、というのは女心をくすぐる何かがあるのだろう。もしかすると、共感を得やすいのか、そういった不安を心の中で感じているのかもしれない。

 ただ、もちろん"達也"と"沙織"はそんな関係ではない。このシーンの真意は、ただ以前達也が"沙織"との約束をすっぽかしてしまって、その埋め合わせのデートをしているだけだ。

 街中でのデートシーンに関しては人が少ない昼間に行われていたようで、俺がいない間に終わっていたらしい。その事を聞いて、ほっとする。もし、二人のデートシーンを見ていたら、気が気でなかったと思う。

 今は、その勘違いに遭遇するシーンだ。

 カチンコの音とともに、"沙織"がよろけて、"達也"に偶然抱き抱えられた。

 そこを"優菜"が見掛けられてしまって、今は"優菜"が絶句している。

 慌てて"達也"が弁解しようとするも、"優菜"は動揺して、走り出してしまう。走り出した"優菜"を追おうとした"達也"の袖を、ぎゅっと掴んで『行かないで』と懇願するように"沙織"は見上げた。

 そこまで見て、俺はスタッフ用の上着についていたフードを深く被って、目を背けた。

 そのシーンは見たくなかった。凄く嫌な気持ちが腹の中で込み上げてくるのを感じた。

 それが役の上での事なのはわかっている。頭で理解している。

 それでも俺は、凛が独占欲から懇願しているような表情を見たくなかった。他の誰かに独占欲を示して欲しくなかった。俺にだけ向けて欲しいのに⋯⋯どうして他の男にそんな顔見せてるんだ、と、そんな不条理な気持ちが湧き上がってしまう。

 凛はただ撮影を頑張っているだけなのに、それを応援したいはずの俺が、どうしてか真逆の事を考えてしまっている。本当に自己矛盾甚だしくて、自分で自分に呆れる。


(もう、見たくないな⋯⋯)


 率直な感想だった。ここ数日、俺が密かに抱えてしまっていた思い。

 映画は徐々に終盤に向かっている。ここから2人の間で右往左往するのが"達也"。"達也"への感情を徐々に露わにしていくのだから、こういうシーンが徐々に増えて行っている。そして、これからもっと増えるだろう。


(俺、なんでこんな想いしてまで映画の撮影見てんだろ)


 もう、自分でもわけがわからなくなっていた。

 毎日疲れているのに何の益もない撮影に来て、こんな見たくないものを見せられて、沈んで、今日も家でモヤモヤしたまま眠るのだ。


(もう嫌だ)


 そう、心の中でつぶやいた。そして、それは⋯⋯今日に限っては、行動に出てしまった。


「山本さん」


 俺はスタッフ用の上着を脱いで、陽介さんのマネージャー・山本さんに話しかけた。


「すみません、俺今日もう帰ります。明日課題あったの忘れてて」

「ああ、そうなんだ。了解、伝えておくよ。陽介の変なワガママに毎日付き合ってもらって悪いね」


 山本さんに上着を渡すと、彼は愛想よく受け取ってくれた。俺は会釈だけして、誰にも気づかれないうちにさっと現場を抜けた。

 街中なので、人影に身を隠すのは簡単だ。

 集まってきた野次馬の中にひっそりと自分を溶け込ませる。


(ほら⋯⋯簡単だ)


 俺はこっち側の人間なんだ。

 だから、こっちにいる方が目立たないし、自然だ。誰も俺がいなくなったことなんて気づかない。俺なんてここにはいてもいなくても変わらない、そんなどうでも良い存在。

 照明やカメラが向けられているあっちとは、違う。

 それが寂しくて、また⋯⋯俺は逃げてしまったのだ。

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