3章 第8話 玲華の狙い⑧
「いやぁ、なるほどなるほど。面白そうな事になってるなぁ」
玲華がいなくなった後、そう言って背後からニョキっと現れたのは、若手イケメン俳優の山梨陽介さんだった。
とても笑顔だった。
「うぇ!? 山梨さん、盗み聞きはタチが悪いですよ⋯⋯」
「いやぁ、悪い悪い。俺の荷物置き場がそこの裏だったもんでね、ついつい聞いてしまったよ」
くそ⋯⋯もっと離れて話せばよかった。
「彼女達が"優菜"と"沙織"なら、君が"達也"なわけだな?」
「うぐ⋯⋯」
ぐうの音も出ない。
そう⋯⋯彼らが演じる映画のストーリーと、俺の置かれている立場は極めて酷似しているのだ。さっき台本を読んでいて、これは何の冗談なんだと頭を抱えたくなった。
「映画の脚本では"優菜"が勝つけど、実際はどうなるだろうな?」
完全に他人事で、楽しそうだった。
俺も他人事であれば、さぞ楽しい事だっただろう。
「いやー、言っとくけど、"達也"はつらいぞ? 2人に振り回されっぱなしで悩み悩んで、気持ちもぐらぐらぐらぐら。それを表現するのに俺も悩んでるんだけど、ここにいい手本があったわ」
「勝手に人を手本にせんでください⋯⋯」
うんざりとした。
台本をさらっと読んだが、達也のコウモリっぷりにはイライラしたものだ。ただ、よくよく思い返せば、そのコウモリがまさしく自分にも当てはまるのだから、きっと自分を見ているようでイライラしたのだろう。
「にしても、犬飼監督に真正面からぶつかったREIKAちゃんも化け物だけど、RINちゃんもすごいよなー。あの犬飼監督が頭下げたんだぞ? 伝説に残る撮影だろ、これ」
巨匠クラスの人間が高校生の2人に負かされる⋯⋯今日はそんな1日だったのかもしれない。
「そんな2人に争奪されてる君の心情はお察しするよ。俺なら絶対に嫌だね」
こわやこわや、と山梨さんは肩をすくめる。
この野郎、他人事だと思って⋯⋯。
「そうだ、ショー君。君、学校終わるのは何時くらい?」
「え? えっと、大体16時ですね⋯⋯帰宅部なんで」
唐突に訊かれたので、素で答えてしまった。
「よし! じゃあ、学校終わってから俺のスタッフとして撮影に参加してくれよ。バイト代出すから」
「はあ!? なんでですか!」
「え、だって面白いから」
「ふざけないでください。嫌ですよ、俺は」
「そうか? じゃあ、自分の見ず知らずのところで2人のバトルが勝手に進んでていいんだ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
それは、確かに困る⋯⋯。
昨日の電話みたいに勝手に話を進んでて当事者の俺が何も知らないというのは、好ましくない。
「それにな、この映画の為にもお願いしたいんだよ。君の存在があることで、彼女達の演技はよりリアリティさが増す。そう思うんだ」
もちろん、俺の演技のためにもね、と楽しそうに付け足した。腹が立つ。
「⋯⋯⋯⋯」
腹が立つが、どう断れっていうんだ。こんな状況。
断りようがない。
「もちろん、来れる時だけでいい。学校終わって余裕があるときだけでいいさ」
「でも、俺俳優さんのお手伝いなんて、何すればいいか全然わからないですよ。いても足手まといなだけです」
「いいんだよ、いるだけで。俺の話相手。面倒なことはうちのマネージャーにさせるから。何ならRINちゃんやREIKAちゃんを手伝っててもいい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ますます断りにくい提案を出されてしまった。
「わかりました。でも、ほんとに足引っ張るだけかもしれないんで⋯⋯」
「いいよいいよ。じゃあ、LIME交換しよう」
山梨さんはそう言いながら、嬉しそうにスマートフォンを出した。 俺もスマホを出して、QRコードで連絡先を交換する。
「よし、交換、と。よろしくな、リアル達也!」
「それはやめてください⋯⋯」
バシバシと背中を叩いてくる。絶対この人面白がってるだろ⋯⋯。
(それにしても⋯⋯あの山梨陽介とLIME交換しちゃった⋯⋯ほんと、人生何があるかわからないな)
あまりミーハー気質なほうではないが、相手が有名人なだけあって、やはり高揚感をある。純哉あたりに自慢したくなった。
「あと、"山梨さん"って言うのやめてくれよ。あんまりその苗字好きじゃないんだ」
「え、なんでですか?」
「なんか県名みたいじゃない?」
「まあ⋯⋯」
実際県名だし。
「だから、名前で呼んでくれよ。そっちのほうが慣れてるし」
それは、俺のほうが緊張するんだけど。そんな馴れ馴れしくしていいものなのだろうか。一般の高校生が、売れっ子俳優に対して。
「わかりました。陽介さん」
「おう! じゃあ、また連絡するよ」
陽介さんは、さわやかな笑顔を向けて手を振って、荷物置き場に戻っていった。
ぽつんと取り残された俺のもとに、次に現れたのは、田中マネージャーだった。
「ああ、君! よかった⋯⋯帰ってきたらREIKAちゃんもRINちゃんもいないし、みんな片付けしてるし。あれからどうなったの?」
走り回っていたのか、田中マネージャーは汗だくだった。
そんな彼に、さっき彼がいなかったときに起こった事を説明すると、彼はまた頭を抱える羽目になっていた。
「け、契約とかどうなるんだろ⋯⋯うちのプロフダクションとはもう解約になってるし⋯⋯ああ、また社長に電話しないと⋯⋯」
ぶつぶつと独り言を言いながら、どこかにふらふらと行ってしまった。
きっと玲華のマネージャーになってから、彼の心労は極端に増えたんだろうな。
もっとも、それは俺にも言える事なのだけれど。
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