3章 第4話 玲華の狙い④
「た、大変大変!」
ちょうどサヤカちゃんとやらについて話していた時、田中マネージャーが血相を変えて現れた。
「ど、どうしたんですか?」
山梨さんが訊く。
「サヤカちゃんが⋯⋯降板するって」
他のスタッフや演者達も、田中マネージャーの一言で一気にあたりザワつく。
「あちゃー。やっぱし。まあ、ありゃ続かないわなぁ」
山梨さんは眉間をおさえて、首をふった。
「降板って、演者やめるってこと?」
小さな声で凛に訊いてみる。
「うん。でも、こんな時期に降板したら⋯⋯」
代役が見つからない、という話だった。
現在、完全にクランクインしてしまっている。ここで配役が欠けるとなると、シナリオを大幅に書き換えるか、撮影の延期か、最悪の中止になるそうだ。
ただ、シナリオを書き換えるにしても、準主役クラスの人間がいなくなって、それでシナリオを書き換えるとなると⋯⋯それは、もう別の話になってしまうのではないか?
しかし、この状況にも、玲華だけは特に驚いていなかった。
「くそが! これだから若い奴は嫌いなんだ! 役者を舐めてやがる!」
犬飼監督が、怒りを露わにして簡易テーブルを蹴飛ばした。
ただでさえ怖い人がもっと怖くなってる。
「豪プロももうちょっとマシなやつよこして来いってんだ! 二度とあそこの役者は使わねーぞ!」
監督はかなり荒れている様子だった。
演者やスタッフも口々にぼそぼそと何やら話している。
空気は最悪。俺みたいな素人はもっとどうしていいかわからない。
山梨さんは、大きく溜息を吐いて、天を仰いだ。
「やれやれ⋯⋯どうなることやら」
そのまま独り言のようにつぶやいて、その場を離れる。
「今日は一旦撮影終わりだ! 明日中には進捗を報告するので、各自待機してくれ」
監督がそう言い放つと、スタッフや演者たちは重い空気のまま、帰り支度を始める。
「はああ⋯⋯最悪だ」
田中マネージャーは、頭を抱えてしまった。
「どうしたんですか?」
何となくこの空気が嫌で、訊いてみた。
今この場所では、俺は彼に謎の親近感すら覚えていた。それは恐らく、この中で唯一俺に近い空気──即ち一般人の空気──を放っているのがこの田中マネージャーだからだ。凛も玲華も山梨さんも、やはり俺とは住んでいる世界が違うように思えたのだ。
「今回のREIKAちゃん主演映画『記憶の片隅に』はうちの事務所にとっても大きな賭けなんだ。ここでコケられたりポシャられたら、REIKAちゃんの経歴にとっても大きな傷だよ⋯⋯」
玲華は、この1か月を全てこの映画撮影のために予定を空けたそうだ。他の撮影やメディア出演などは、全て断っているという。その状況で、この映画がポシャると、事務所としての損傷も大きいのだそうだ。
「なるほど⋯⋯それは、確かに大変そうですね」
「うん、胃が痛くなってきたよ。ちょっと僕、社長に連絡してくるね⋯⋯」
田中はスマホをカバンから出して、その場を離れた。なんだか田中がいなくなることで無性に不安になる俺がいた。
そして、田中と入れ替わるように犬飼監督が近くを通りがかると⋯⋯
「あ、監督! ちょっといいですか?」
犬飼監督を、玲華が呼び止めた。
ものすごく機嫌が悪い顔で、こちらを見る。
怖い。なんで玲華も今呼び止めるんだ。明らかにタイミングも悪いだろうに。
「なんだ。今忙しい。大事な話でもないなら佐藤に言え」
佐藤とは、助監督の名前だ。先ほど紹介されたので、顔だけは知っている。
「いえ、大事な話です。この映画に関わることで」
玲華がそう言うと、監督も「ほう?」と足を止めた。
「”沙織”役に代役を立てるのはどうですか?」
玲華が言うと、監督が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そんな人間がいればな。今から東京と連絡を取って希望者を募っても、見つけるまでに最短で数日、仮に見つかったとしても役作りにも時間がかかる。その役者に”沙織”が合うのか、そして作ってきた役が作品に合うかどうか、それ以前にそいつの演技力がダメならそこで頓挫する」
それはお前もよくわかっているだろう、と監督は嘆息した。
「⋯⋯すぐに連絡が取れて、監督も既知の人間で、演技力に問題がない人であればどうですか?」
「そんな人間いるのか? 俺は皆目見当もつかないがな」
言いながらも、監督が興味を示している様子だった。
「ここにいるじゃないですか、ほら」
凛のほうを向いて、玲華はにやりとした笑みを浮かべた。
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