3章 第3話 玲華の狙い③

 玲華と話していると、俺達の間に1人の男が笑顔で割って入ってきた。


「やあ、REIKAちゃん。友達かい?」


 ″優菜″と″沙織″から取り合われる羨ましい役を務める山梨陽介だ。

 山梨陽介は、バラエティ番組などにも出演しており、お茶の間でも人気が高い。雑誌でも、人気沸騰中の若手俳優としてよく紹介されている。


(うぉぉ⋯⋯近くで見るとすげーイケメン! そして爽やか!)


 何度かテレビで見た事がある人物が目の前にいるものだから、やはり圧倒されてしまう。

 こう、持っているオーラが違う。芸能人オーラ。なんなんだ、常に照明さんがいるかのような存在感を放っている。


「ヨースケ、お疲れ! こっちは昔の知り合いで、ショー。ただの一般人」

「⋯⋯どうも、相沢翔です」


 おい、俺の説明雑すぎないか? いや、一般人だけどさ。

 ていうか、その人気沸騰中の若手俳優とやたらとフランクに話している玲華に、少し驚いた。やっぱり度胸が違うのだろうか。


「おお、ショーくんっていうんだね! よろしく」


 爽やかな笑顔で手を差し出してくるので、しっかりと握手。

 すげえ。あの山梨陽介と握手してもらった。ていうかちゃんと俺にも普通に接してくれるんだな。ただの一般人なのに。いい人だ。


「で、こっちは、ほら。もう忘れた? ほんの少し前に話題になった子」


 山梨さんは凛の顔を見て、自分の手をぽんと叩く。


「あーっ、RINちゃんか! こっちの高校に転校してたんだ? すごい偶然だね」

「⋯⋯その件についてはお騒がせしました」


 凛は先程の監督にしたように、頭を深々と下げる。

 本当だったら、玲華の代わりに"優菜"を演じていた人。そして、山梨さんにとっては自分の恋人役となる予定だった人物だ。


「いいっていいって。大変だったみたいだし。誘拐じゃないかって噂もあったから、みんな心配してたんだよ」

「本当にごめんなさい」

「だから、謝らなくていいって。まあ、色々あるよね。俺だって辞めたくなった事何回もあるから、わからないでもないよ」


 爽やかな笑顔を凛に送る山梨。

 凛は⋯⋯って、おい。ちょっと顔赤くなってないか? 照れてないか?

 くそ。イケメンだし良い人っぽいし、さらっと辞めた事もフォローしてるし、なんだこの完璧人間は。勝てる要素がない。なんか玲華とも親しげだし、ちょっと面白くない。


(凛が出演してなくてよかった)


 確か、さっき台本を見せてもらった限りだと、最終的に”優菜”と”達也”は結ばれるストーリーだった。もし凛と結ばれている様を見せつけられたらと思うと、ぞっとする。


(いや、まてよ。でも、玲華とは結ばれるのか⋯⋯)


 なんだか、それはそれで面白くない結論だけれども。いや、でも玲華にはこういう完璧男子がお似合いなのかな、なんてふと思ってしまう。

 何もない俺なんかよりは、絶対に似合っているはずで。それは凛にも言える事なのだけれど。


「いやー、しっかし。REIKAちゃんすごいね。あの犬飼監督にあそこまで楯突く人、俺初めて見たよ。俺なんて一言言われると縮こまっちゃうのに」

「その”一言”すら言わせないのがヨースケのすごいところでしょ?」

「いやいや、参っちゃうな。褒めても何も出ないよ」


 山梨さんは照れたように頭を掻いた。

 人気沸騰中の俳優だけあって、彼の演技は凄かった。全てノーミス。監督の要望を全て押さえているように、ワンカットでOKテイクを出す。彼が起因したNGテイクは、今のところ見たことがない。


「でも、犬飼監督って、自分の理想と違っても、こっちのほうがいいって確信をもてば、理想を捻じ曲げられる人じゃない?」

「まあ、そうだね。過去の作品でもそういう傾向は見られた」

「そう。だから、こっちのほうが絶対に”優菜”らしいよってことをわかってもらうにはああしてぶつかるしかないかなって。少なくとも、私の演じる”優菜”はそうじゃないと活きない」

「捻じ曲げさせる自信があったわけだ」


 さすが、と言わんばかりに山梨は肩を竦めて溜息を吐いた。

 彼は彼なりに、きっと玲華の才能を認めているのだろう。玲華を対等な存在としてみている。決して、キャリアや年齢で判断していない。

 それだけ、玲華はすごいのだ。


「ほんと言うと、そんなに自信があったわけじゃないんだけどね」

「ええ、嘘だろ? あんなに全力でぶつかってたのに?」

「うん。だから、すごい悩んだ。悩んだし、病んだ。人生であんなに病んだの初めてかも」

「⋯⋯⋯」


 という事は、やっぱり昨日のあれは本当だったのか。凛は、彼女の言葉に耳を傾けているようだった。


「じゃあ、それがなんでまた自信もてたの?」


 山梨は何となしに訊いた。少し、玲華が言い淀む。


「昨日知り合いに見てもらって、どっちがいいか訊いて⋯⋯それで、その人もこっちが私らしいって言ってくれたから。それで、これで通そうって決めたの」

「なんだそれ? ぜったい彼氏だろ!」

「ちゃう、知り合い。タレントに彼氏なんておりまへん♪」


 山梨さんがからかうように訊いて、玲華はエセ関西弁でふざけたように否定している。

 この2人仲良いなって思う反面、玲華の先ほどの会話は、間違いなく⋯⋯⋯。


(⋯⋯俺か)


 俺の、あんな素人同然の判断で、彼女は自信を持って、それで巨匠とも言われるような監督に、正面から噛み付いたのか。

 どうして俺の言葉で、そんな風に自信を持てるんだ。

 凛もそうだ。俺の発言がきっかけで、芸能界を引退すると決めてしまった。


(いや、ちょっと待てよ)


 というか、その言い方だと、凛にその相談相手が俺ってバレるんじゃないか?

 この地で昨日、そんな風に玲華を自信をつけさせられる相手⋯⋯俺以外に誰がいる? それは凛にもわかってしまうんじゃないか。

 昨日のタイミングで玲華から電話があったりしたのなら、余計に勘づくんじゃないか。

 そう思っておそるおそる凛を見ると、凛は特段気にした様子はなく、2人のやり取りを笑って見ていた。

 その様子を見て、ほっとする。さすがに今のタイミングは色々とごまかしがきかない。


「でも、まあ⋯⋯REIKAちゃんの方はよかったけど、サヤカちゃんの方は厳しいかもね」


 山梨さんは神妙な顔つきになった。


「そんなにサヤカちゃんの演技ってダメなんですか?」


 凛が訊くと、玲華と山梨さんは顔を見合わせて苦い笑いを交わした。


「まあ、ちょっと⋯あれは厳しいかな。学生サークルの自主制作映画とかなら良いかもしれないけど」


 山梨さんは辛辣な評価を下している。ただ、人の良さそうな山梨さんがそこまで言うのだから、きっとひどいのだろう。

 そんな話をしている時だ。現場がざわつき始めた。

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