2章 第4話 余計なものは切り捨てて

 俺は一つずつ順序立てて説明した。

 中学の時に塾に通っていて、玲華と知り合った事。実はその時凛も同じ塾に居た事。玲華と凛が友達だった事。玲華を好きになった事。模試で勝って玲華と付き合い始めた事。受験に失敗して、それ以降生きる活力をなくしてしまった事。玲華がずっと元気付けようとしてくれていたのに、俺はそれを裏切り続けた事。別れた事。俺と凛も玲華を追いかけ、たどり着けなかった事。

 そして……今日、その玲華と鉢合わせをして、話した内容。


「あんたの元カノって……あのREIKAだったわけ!? 嘘だろ?」


 愛梨が素っ頓狂な声をあげた。


「知ってるのか」

「知ってるも何もねーよ……最近やたらといろんな雑誌でピックアップされてる。RINの代わりっていうよりRINより扱いでかいのかも。全国放送のバラエティ番組にも出るって書いてあったし」


 マジかよ。それ初耳だ。たはーっと愛梨は頭を掻いた。


「初カノがREIKAで次はRIN? あんた何で有名人ばっか狙い打ちしてんの?」

「そんなつもりねーよ!」


 どっちも知ったのは事後だ。

 玲華が芸能活動やってたのは初耳だったし凛に関しても知らなかった。たまたま俺が好きになった奴がそうだっただけだ。


「で、相沢よ。親友として一つ気になるわけだが……」

「あ?」


 純哉はお茶を飲みこんでから、一息をおいて訊いてきた。


「REIKAとはヤったのか?」

「ぶっ!」


 噴き出した。


「それ全く関係ねーだろ!」

「いや、ある。あたしも気になる」

「何でだよ!」

「好奇心で」


 やっぱりこいつ等に相談したのはミスだったのかもしれない。そんな後悔をし始めた中、「で、どうなの?」とじっと愛梨が目を見て訊いてくる。


「……う、うるせーよ」


 気まずくて、逸らす。

 みるみると愛梨が嬉しそうに顔を輝かせた。


「あ、こいつヤってる! 絶対REIKAとヤってる! あたしの目を見れなかった!」

「だからうるせーよ!」


 純哉は慌ててスマホをいじって画像をこちらに見せつけてきた。


「お前、本当にこの子とヤったのか!? お前の妄想でなく!?」


 玲華の画像だ。今日、渋谷で見た広告だ。


「知るか! 何で言わなきゃいけねーんだ」

「うわああああ! 嘘だろ!? こんな綺麗な子がこいつなんかに汚されたなんて! 絶対許せねー!」


 純哉は叫びながら空になったペットボトルを投げ捨てた。


「うわ、純哉って処女好きなのかよキメェ」


 愛梨が相変わらず酷い事を言っている。


「俺もうこの子みる度に妄想しちまう……お前に無理矢理犯された姿を!」

「バッ、無理矢理じゃねーよ!」


 ニヤリ、と純哉と愛梨が顔を合わせる。

 しまった……。


「無理矢理じゃなかったんだ?」

「どっちからだ? お前から行ったのか?」

「ぐっ……ちょ、ちょっと待て! 話がおかしいだろ! 関係ないし!」

「「ちっ」」


 二人して舌打ち。

 こいつらぁ……!


「まあ、それは冗談としてさ」


 絶対マジだっただろお前等。


「アンタはさ、どっちが好きなの? 凛? 玲華?」

「……凛、だとは思う」


 ただ、今日の玲華を見ていてわからなくなった。

 あいつ、本当に俺の事ちゃんと好きでいてくれて……多分、まだ好きで居てくれたんじゃないか。別れた理由が……俺に前を向いて欲しいからだった。愛想を尽かされたわけじゃなかった。

 なんなんだこの切なさは……もし俺がしっかりしていれば、あのまま平和に付き合っていたのだろうか。


「まあ、わかるよ。あたしも元カレ見かけた時たまにわかんなくなる。ただ、今好きなのと、昔好きだったのは……やっぱ違う気がするんだよな。確かに見かけたらわかんなくなるんだけど、じゃあ今付き合う? ってなると、それも違うから」

「………………」

「まあ、童貞純哉には宇宙科学論並にわかんねー話だろうけどな」


 純哉を見て嘲笑する愛梨。


「ぐっ……いや、待て愛梨。話は思ったより簡単だぜ」

「は?」

「翔は玲華ちゃんと寄りを戻す。で、俺は凛ちゃんと付き合う。それですべてが解決する」

「バカ純哉が何を……」


 愛梨は言い掛けて、言葉を止めた。


「いや、相沢。案外それ良い手じゃん。純哉が凛と付き合えるかどうかは謎として」

「そこは謎にしないで欲しいんだが」

「あ、そう。じゃあ今すぐ地球が木っ端みじんに自爆するくらい有り得ない話として」

「……もういいです」


 純哉はしゅんとして枕をツツいていた。


「アンタはそれどう思う?」

「え?」

「凛と別れて、玲華と付き合える? 凛がほかの誰かと付き合えるのに我慢できる?」

「それは……」


 どう考えても無理だった。考えただけで嫌悪感が走った。

 玲華と付き合うかどうかはともかく……ほかの誰かが凛と付き合うなんて、我慢出来なかった。


 ──あっ、今さ、『こいつはもう誰にも渡さない』って思ったでしょ?


 いつか凛が言った言葉。

 そう。俺はそう思ったのだ。凛を誰にも渡したくないって。

 そして……俺達は一番お互いの醜い部分を共有している。玲華に対する劣等感とそれに対抗する努力、挫折、そして逃亡。

 俺と凛は、自分が一番覆い隠したくて、自己嫌悪に陥っている誰にも見られたくない部分を……唯一見せられる相手なのだ。

 似た者同士だ? 嫌な事から逃げて、戦う事から逃げてるだ?

 玲華から言わせれば、そうかもしれない。逃げたのかもしれない。ただ、視点や発想を変えれば……新しい境地を探していたと言える。

 俺は、東京から離れたかった。それは、確かに玲華や勉強から逃げたかった念が一番強い。

 しかし、全く別の土俵で新しい事をしてみたかったのだ。何もない土地で、競争とも関係無い場所で。

 そこで俺は……純哉や愛梨と出会った。そして凛とも出会った。

 色々無くしたかもしれないけど……それでも得たものはある。

 少なくとも東京に居たら手に入らなかったものだ。


「今、アンタが何考えたかわからないけどさ……多分、今アンタが思った事が本音。余計なものを切り落として、本当に大事なとこだと思う」


 愛梨はにっこり笑った。


「ははっ……良いじゃん、それ」


 純哉もほっとした様笑みを向けた。


「今、お前なんか良い顔してた」

「そうか?」

「ああ……頑張れよ」


 純哉はやれやれと言った様子。


「ほら、持ってきな」


 愛梨はポケットから鍵を取り出して、こちらに放り投げた。


「あたしと凛の部屋の鍵。今、凛に一人で待たせてるからさ……行ってあげなよ。どうせ、部屋真っ暗にしたままぐずぐずしてるだろうしさ」

「……おう」


 ポケットに鍵を仕舞いながら、心の中で礼を言う。

 俺は本当に良い友達を持ったな。


「あ、別にヤってもいいけどあたしのベッドは汚すなよ」


 ……前言撤回。最低だこいつ。


「なにー!? それは許さん!」


 純哉もいきり立つ。


「うるせえよ童貞。ゲームやってる暇あんなら相手見つけろ」

「ンだとテメー! お前だって浮気されてただけじゃねーか!」

「あ、純哉ここタバコ吸っていい?」

「ふざけんな! 臭くなんだろ」

「固い事言うなよ。凛と同じ部屋だと吸えねーんだよ。ほら、何ならあたしがヤったげるからさ」

「……ば、バカ言ってんじゃねーよこの糞ビッチ!」

「今一瞬迷っただろこの童貞」

「迷ってねーし! 全っ然迷ってねーし!」


 ……もういいや。お前等付き合えよ。

 バカ二人はほったらかして凛のところに向かう。

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