2章 第3話 友達
結局俺と凛は、直帰した。半分凛を引っ張るようにして帰った。
集合時間よりは早かったが、俺達に出来る事は無かった。
凛とも何も話していない。虚ろな表情をして、弱々しく俺の手を握っていただけだった。
ホテルに戻ってからは、俺も自分の部屋に戻って引きこもった。夕食の時だけ大食堂に行って顔を出し、すぐに部屋に戻った。
何も考えたくなかったし、何も見たくなかった。あんな辛そうな凛も見たくない。あんなに辛そうな玲華の事も考えたくない。
幸いにもホテルは二人部屋で純哉と同室だったから、純哉がちょっかい出してくる以外は特に問題無かった。純哉も何度かシカトすれば諦めて一人で携帯型ゲーム機でを遊んでいた。
(くそ……)
何で吉祥寺なんて行ってしまったんだ。せめて高円寺にすれば良かった。下北沢でも新宿でもよかった。そうすれば会わなかったのに。凛もあんなに傷つかなかったのに。
そんなどうでもいい後悔が襲ってくる。
「うっわー……こっちも同じ空気かよ」
ノックもせずに部屋の扉が開いたかと思うと、赤茶髪の女が上下ジャージで部屋に入ってくるなり、面倒そうな顔をした。
「おう愛梨。よく来てくれた。さっきから俺もこの空気にそろそろ限界が来てたとこなんだ」
「うるせー。あたしは自分の部屋がこんなだから逃げてきたんだ。そしたら避難先もこれかよ。フツーに考えて鬱だろ」
どかっと純哉のベッドに座った。
「凛ちゃんは何してる? 三行で頼む」
「暗い顔してぼんやりしてる。どうしたって訊いても何でもないって言う。たまに泣いてる」
純哉の問いに、愛梨は三行で答えた。
「なあ、相沢? 何があった? 凛と喧嘩でもしたのか?」
「あー、それさっきから何十回も訊いたけど、何も答えてくんねーから」
「お前等ほんとやってる事同じだな……」
愛梨と純哉が呆れ顔でこちらを見てくる。
やっている事が同じ……確かに、俺と凛は似たような事をやっているのかもしれない。逃亡者だから。
「ほっといてくれよ」
今は誰とも話したくないんだ。
「ほっといてくれ、だぁ?」
愛梨はこっちのベッドに乗り移り、不満そうに顔を近づけて睨んでくる。
「アホか! お前等がうじうじしてるせいであたし等まで気が滅入ってくんだよ! 何で修学旅行にきてまで気ぃ遣わなきゃいけねーんだ。わかっか? お前等はあたし等に迷惑かけてんの」
「……ごめん」
そう言われると辛かった。ただ、俺もどうしていいのかわからなかった。
凛の事。玲華の事。自分の事。もうごっちゃになって、頭が思考を拒否する。俺はどうすりゃ良かったんだよ。
「あのなー、翔?」
純哉が溜息を吐きながら、ゲームのスイッチを切った。
「お前さ、ずーっとそうじゃん」
「は……?」
「転校してきた時もそんなんでさ。何かに悩んでんだろうなーってのはずっと最初っから思ってたよ。どんだけ仲良くなっても何も話さない。自分の本心は言わない。お前にとって俺って何なわけ?」
いつになく、真剣な表情でこちらを見据えてくる純哉。
愛梨はこちらに呆れたような視線を送っていた。
「愛梨だって俺だって、お前が心配なんだよ。凛ちゃんも心配だけど、凛ちゃんはお前以外に心を開かない。俺らじゃ何も出来ないんだよ」
そうなのだろう。凛は、新しく友達を作る為に鳴那町に来たわけじゃない。
俺と会う為だけに来た。何もかも失った彼女にはそれだけが希望だったのかもしれない。その希望がこの様だ。情けない事この上ない。
「しっかりしろよ! テメー、俺だってお前等が付き合ってんの結構ショックだったんだぞ! ふつうに接してたけど、何年も憧れてた女の子と出会えたのに、すぐ自分のダチと付き合っちまうなんてよ……」
そうだ。
俺は純哉の気持ちを知っていて凛と付き合う道を選んだ。
酷い奴だ。それでも純哉は普通に接してくれるし、何も言わない。それを考えると、俺は本当に酷い奴だ。
「でも、俺あん時言ったじゃねーか! 幸せにしろって。だって、それしか言えねーだろ……!」
愛梨はそんな俺達を見て、溜息を吐いて立ち上がって、冷蔵庫の中から三本ペットボトルを取り出した。
お茶を俺に、ポカリを純哉に放り投げ、自分は炭酸飲料の蓋を開けた。
「落ち着けバカ。今お前の失恋話を聞いてんじゃねーんだよ」
「なっ……!」
「うるせーな。それなら今度あたしが聞いてやる。とりあえず今は凛の事が先だ」
純哉は不服そうな顔をしながらも、ポカリの蓋をあけてぐびっと飲む。
「なあ、相沢。本当にアンタが話したくないならもう聞かない。ただ、こいつも言ってる通り、アンタが心配なんだ。いつも本心見せねーからな。だから、たまには言ってみろよ」
「愛梨……」
こいつ、いつもは乱暴なくせに、いざというときはこうして心配してくれるんだな。友達想いの良いやつだ。
「……本心つっても、俺もわかんねー事だらけなんだよ」
凛の気持ち。凛への気持ち。
玲華の気持ち。玲華への気持ち。
そして……俺の気持ち。
「わかんねーならわかんねーなりに話してみればいいじゃねーか。ちっとはスッキリすんだろ」
純哉が笑顔で促す。
そうかもしれない。思い返せば、恋愛の事を誰かに相談するのは初めてだ。玲華と付き合った時も別れた時も誰にも言わなかったし、凛の時も言わなかった。
文字通り、初めての恋愛相談だ。いざ話すとなると、とても緊張する。でも、こんなに俺の事を想ってくれる友達も、いなかった。長野に引っ越して良かったと思った瞬間だった。
俺の決断が全て間違いだったとは、やっぱり思えない。
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