1章 第25話 普通の幸せ

 バスに二〇分程乗って、イワンモールに着いた。

 イワンモールでは、とくにこれと言って変わった事はしていない。凛に美容院の場所を教えて、一緒に服を見て回った。彼女は色々な服を試着していて、それをいちいち全部俺に見せて、意見を求めてくれる。あのスーパーモデルの試着姿を見れて、これはある意味、とても幸せなのではないだろうか。そして、どれもこれも似合ってしまうので、似合ってる、としか言えない自分のボキャブラリーの低さが嫌だった。こっちとしては全部似合っているから似合ってると言っているだけなのだが、そればかりだと「適当に答えてない?」と怒られた。美しいものは美しいのだから、仕方ないのに。言語の限界を感じた時だった。

 買い物を終えた後は、最後にゲーセンに寄って、今週は二人でプリクラを撮ってみた。なんだか二人で撮るのは緊張する。

 途中でいきなり凛が腕を組んできたので少し顔が強ばってしまっていたけど、結構綺麗に撮れた様に思う。

 というか実物より大分割り増し。凛は元々が良いからあれだけど、俺がイケメンになっている。そんな先週と同じ驚きを今回もしている俺だが、凛は横で楽しそうに文字やらを画面の中の写真に書き込んでいる。

 こういう落書きってほんと何が楽しいかわからないし、何を書けばいいのかわかんないんだよな。女の子特有というか、何んというか。


「ほら、翔くんも早く書いて!」


 プリクラ機のペンを渡して促してくるし。


「書きたい事書けばいいだけだからさ?」

「書きたい事って言われてもなぁ……例えば?」

「『凛愛してる〜』とか?」


 ぶっと思わず噴き出してしまった。そんな恥ずかしい事を書けと言うのか。付き合って間も無いのに。


「何で噴くかな〜。ほら、私はちゃんと書いたよ?」


 言われて凛が書いた画面を見てみると、色々なスタンプや絵文字みたいなのでデコレーションしつつ、『ショウくん大好き』とハートマークつきで書かれてあった。

 嬉しい様な恥ずかしい様な……なんというむず痒い気持ちになる。

 これで俺が書かないわけにはいかない。仕方なしに、俺は『I LOVE YOU』というテンプレートで書いてある文章を貼り付け、後は日付と初デートという文字を書き加えておいた。「今回はこれで許してあげる」と凛は満足そうだった。

 なんだか、やっぱ慣れない。玲華とはプリクラなんか数回しか撮らなかったし、殆ど何も落書きもしなかった。ただ、カップルは皆やっているらしい、という理由でやってみただけだった。

 そこでハッとして頭を振る。今はもうあんな女の事は忘れよう。俺は凛の彼氏なんだから。

 最後にプリクラ機にアドレスを入力して、お互いに好きな写真をスマホに送った。


「早速壁紙にしちゃおっ」


 凛は先程俺が『I LOVE YOU』と入れた写真をスマホの壁紙にして、嬉しそうに見せてくるが……恥ずかし過ぎる。


「翔くんも、壁紙にしていいよ?」


 ちなみに俺が選んだ(というか選ばされたのは)、凛が『ショウくん大好き』と書いて二人が腕を組んでいる写真だ。

 仕方なく壁紙画面に設定してみたが……これはただのバカップルというやつじゃないのか?

 スマホを開く度に自分と凛が腕を組んでいる写真が目に飛び込んできてびっくりするし、これ純哉に見られたらスマホを叩き割られるだけでなく確実に俺の頭蓋骨も叩き割られるだろう……学校に行く時は画像変えた方が良さそうだ。


(純哉、か……)


 純哉は俺と凛の関係をどう思うんだろうか。

 浮かれていてすっかり忘れていたけど、これはこれで問題があった。

 祝福してくれるわけがない。ずっとファンで、雑誌や写真集も集めてたわけで。いつか話さないといけない話なのだろうけど……あいつとは揉めたくないな。


「……私さ、こういうのずっと憧れてたんだ」


 モールから戻って商店街を歩いていた時、凛はさっき撮ったプリクラ(シールの方)をぼんやり眺めて言った。


「好きな人と普通に待ち合わせして、普通にご飯食べて、普通に遊んで、散歩して……」


 都内での生活を思い出しているのだろうか。凛は小さな溜息を吐いて、シールを財布の中に仕舞った。


「こうやって、ゆっくり過ごしたかったなぁ……」


 凛は都内ではどんな生活をしていたのだろうか。プライベートな時間は何一つ取れなかったのか? 東京の友達はどうしたんだろう? 家族も納得しているのか?

 疑問はたくさんあるが、それを今更訊くのも気が引けた。


「まあ、何つーか……」

「ん?」

「今出来てるから良いじゃん」


 思った事を言う。過去に出来なかった事は、今すればいいのだ。

 凛は少し意外そうに俺を見て、「……そうだねっ」と言いながら腕を絡めてきた。ふわりと凛の匂いが鼻腔を擽り、胸がどきっとする。


「何もなくて退屈な町かもしれないけど……私、今凄く幸──」

「凛ちゃん!」


 『せ』と、凛が言い終える前だった。

 誰かが凛の名前を呼び、反射的に俺達は立ち止まった。

 一瞬純哉かと思ったが、声でそれが純哉のものではないとわかる。凛は肩をびくっと震わせただけで、そちらを見ようとはしなかった。代わりに、絡めていた腕を、ぎゅっと締め付けた。俯いているので、表情は伺い知れない。

 俺達は、ゆっくりと声の主の方を見ると……スーツ姿でサラリーマン風の真面目そうな男がそこにいた。

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