1章 第11話 実はファンだった
昼食中は、極めて平凡だった。電撃引退(建前としては活休だけど)した芸能人と一緒に飯を食べるのがこんなに平凡でいいのか、という程に平凡なものだった。
各自自己紹介をして、あとはだべりながら食べる。凛も愛梨とは気が合う様で、なんだかファッションについて話し合っていた。愛梨が女の子とこんなにはなしているのを見るのは初めてのことだった。純哉もあまり詳しくないくせに凛と話したいが為に口を挟んで、愛梨にバカにされている。
俺は遠巻きにそんな様子を見て、今朝コンビニで買ったパンを頬張っていた。凛も普通の女の子って事なんだろうか。
それにしても凛は一つ一つの動作が上品だ。お嬢様みたいに箸の使い方一つ見ても気品があって、感心してしまう。ふと、凛と目が合う。
「じゃあ……そろそろ聞かせてくれないか」
今日一日ずっと気になっていたことを切り出してみる事にした。
「え? 何を?」
お弁当を食べ終えた凛が素っ頓狂な様子で聞き返してくる。
何を、じゃないだろう。そもそもお前さんがここにいる事事態おかしい。
「なんで学校側に色々嘘吐いたんだよ。中学時代知り合いだった、とか。何とか合わせてきたけど、どれだけ混乱したと思ってるんだ」
不機嫌さを装いながらも正直な感想を言い、ペットボトルのお茶に口をつけた。
そもそも知り合ったのは夏休み最後の日だ。東京では会った事も見た事も無い。それをいきなり知り合い扱いだわ面倒見させられるわ、たまったものではない。
「あ……ごめん」
凛は謝りつつも、またあの傷ついた様な表情を見せた。どこか悲しそうな、あの最初に見た表情。だから、どうしてそんな顔をするのだろうか。
「私さ、こう見えて……その、初対面の人と話すのが凄い苦手で。誰も知らない人ばかりだと絶対に話せないし、口ごもっちゃうし……だから、ほんとは友達もあんまり居なくて」
意外や意外、天下のスーパーモデル女子高生は人見知りだったらしい。
「誰も話した事が無い人の中にいるより、一度話した事ある人が居ると心強いじゃない? だから、同じクラスになりたくて嘘吐いちゃったってわけさ。ごめん」
凛は申し訳なさそうに俯き、頭を垂れた。
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう俺である。気まずい空気が俺達四人の上に舞い降りた。
愛梨が溜息を吐いて、俺を非難する様な視線で見る。いや、正しくは、睨む。
「小せぇ、小せぇぜ翔! 良いじゃねーかそんな嘘! このカス野郎が! こんな風に凛ちゃんに言わせて申し訳ないとは思わないのか! 金玉ついてんのか!?」
純哉が場を明るくするために語り始めた。いや、盛り上げて頂くのはありがたいが、とりあえずこいつは一発殴りたい。
「もう良いだろ。せっかく凛もこうして仲良くなれたんだし、アンタも満更でもない。問題無しで理由もわかって無事解決、おーけー?」
愛梨が珍しく仲裁に入った。いつもなら荷担して俺にトドメを刺しに来る女が、意外だ。彼女も凛が気に入ってるのだろうか。
「私も初日からこんなに友達できると思ってなかったから……翔くんには本当に感謝してるよ。ありがとっ」
凄く美しい笑顔で感謝されてしまった。
照れ隠しもあり、俺は溜息を吐いて掌を宙に向けた。そういう理由なら仕方ない。
ただ、引っかかる点が無いと言えば嘘になる。彼女が人見知りをする性格にはどうも思えなかったのだ。
まず、第一に見ず知らずの男に明け方いきなり悩み相談を打ち明ける点。次に、それ以後友人のごとく気軽に話しかけてきて、純哉達ともとけ込めている点。それに芸能界で活躍していたという点。人見知りなら、どうにもこれらは出来ない気がする。
そんなことを考えながら凛と愛梨を見ていると、ふとしたことに気付いた。
「あれ……愛梨と凛って、髪型同じじゃね?」
思った疑問を口に出してみた。
「なっ……そ、そんなワケねーだろッ⁉」
一瞬愛梨が言葉に詰まらせて、ガシャンと弁当箱を置いて抗議してきた。顔は似合わなず真っ赤である。
もう一度二人の髪型をよく見てみる。二人の髪型はピンクベージュの髪を腰まで伸ばしており、ツーサイドアップ。長い襟足はコテでゆるく巻いていて、巻いた部分は肩から胸元へ流していた。前髪は目にかかるくらいのラインで、サイドは顎のラインで切りそろえてあり、極めつけは、似たような鈴の髪飾りをツーサイドアップの結び目につけている。
いやいやいや。これはうり二つだろう。何で気付かなかった。双子かよ。
「あ、ほんとだ。似てやがる。そういや愛梨って結構RINみたいな髪型してたよな。土台が違いすぎるから気付かなかったけど」
純哉も同じように感想を言う。ちなみに後半の土台は~の部分は超音波の様な小さな声で言っていた。
「ば、バカ、勘違いだろ! あたしが何で……ッ」
一方、愛梨はと言うと、なんだか普段滅多に見せない愛梨の慌てふためいた表情を見せていた。
普段の愛梨ならば、純哉の悪口を聞き逃さず即座に攻撃していただろうと思う。
そこで、ようやく合点がいく。
「お前、実は凛のファッションとか髪型参考にしてたんだろ?」
「ち、ちちちちがッ……!」
瞬間湯沸かし器かと思うくらい、愛梨の顔が湯たんぽみたいに赤くなった。
これは面白い。普段愛梨には虐められているので、反撃できる良い機会だ。
「興味ないふりして凛に近づいたけど実は純哉並に熱烈なファンでしたってオチ? 『モデルとか気にしないから』が聞いて呆れる。いやー、愛梨も女の子らしい一面あるじゃん」
純哉が何故か慌てているが、気にすることはない。安心しろ、お前の日頃の鬱憤は俺が晴らしてやる。ここは攻め時なのだ。
「愛梨もそうなら素直に言えってーの。凛もその方がアドバイスしやすいだろうに。実は一番喜んでるんだろ? 案外ミーハーなんだよなーお前も。俺の御陰で凛とも友達になれたんだから感謝しろよー?」
俺は畳みかけてやることにした。純哉は『No!』とジェスチャーしているが、意味がわからない。が、その少し後に意味がわかった。愛梨サンが肩をぷるぷる震わせていたのである。
あ、もしかしてこれヤバい?
「……言いたいことはそれだけか?」
「は、はひっ?」
愛梨の呻く様な小さな声に、俺は心底震え上がる。
なにやら黒い妖気が愛梨を覆っている様な錯覚を覚えたのである。
あれ? なんだか某魔法使い映画のラスボスのなんとかさんみたいな邪気放ってない? 邪気っていうより、瘴気?
「いや、あの……今のはかる〜い冗談で、だな。なあ、凛? 凛なら良いファッション友達になれるかなーって思って言ってみたんだけど、そうだよな?」
縋る様に凛に助けを求めるが、彼女は目が合っても戸惑った様に視線を逸らした。
ぐっ……裏切りやがった。
しかし付き合いの長い純哉なら俺の気持ちを汲み取ってくれるはず。
「な、なあ純哉? こんなの普段からしてるじゃれ合いみたいなもんで……」
純哉は何も言わず俺から距離を置いて、まるで仏壇でも拝む様に手を併せ、目を閉じた。
あ、あの……?
「……殺す! ぜってー殺す!」
目元に涙を滲ませて顔を蒸気させた愛梨は、近くに落ちていた棒切れを拾い上げ、いきなり上段斬りで棒を振り下ろしてきやがった。
ぶぉっ! と風を切り裂き振り下ろされた凶器に対し、反射的に持っていたお茶のペットボトルで受け止める。おお、マジ奇跡的。ナイス俺の反射神経。手がアホみたいに痺れてるけど。しかも、今の一撃でペットボトルは地面に叩きつけられてしまったし。
ちなみに、愛梨は剣道の有段者で、中学では県大会の覇者と聞いた。なぜ辞めたかは知らないが、素手の男を棒一本でボコボコにするなど造作にない所業で、その証拠にペットボトルは足下で無惨な姿になっていた。
「ちょ、おまっ! 加減しろって! 死ぬ!」
「知るか! 死ね!」
そんなやり取りの後、また愛梨が斬りかかってきたので、俺は一目散に逃げた。敵に背を向けるな? それは勝てる見込みがある時だけだ。殺されるとわかってるならば逃げるしか道はあるまい。素手の人類がT‐REXに勝てるわけがないのだから。
結局昼休みは愛梨から逃げることで終わり、教室に戻ったところを愛梨の待ち伏せ猛烈ボディブローを食らったのは言うまでもない。釘バットで脳天をカチ割られなかったのは彼女なりの優しさかな、と痛みにより遠のく意識の中で思った。
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